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3.犬
――かんかんかんかんかんかん
踏切の向こうから、白い大型犬がこちらに向かって歩いてくる。リードを持っている女性は近所の人であろうか。
白い大型犬はふっさふさの毛並みで、つぶらな瞳が可愛らしい。犬種は何だろう、「ボフッ」と鳴く某アニメのワンコにそっくりだな。
「ぱぱ」
「うん?」
ずっと静かだった小夏が私の服を引っ張ってきた。小夏が引っ張るたびに、私の腹部分がよれよれになっていくのだからやめてほしい。嫌じゃろ? パパのお腹にポコっと謎の膨らみがあったら。
「ぱぱのお腹(ピ――)みたい!」
「やめなさい」
きらきらお目目をするんじゃない。妻の遺伝子が強すぎる。
「で、何?」
「秋田県に行って秋田犬を触るのはもう飽きたけん」
「あっそう」
ああ、白いワンコが行ってしまった。あのワンコはどう見ても秋田犬じゃないだろ。
「ぱぱ無視しないで!」
「しとらんしとらん」
「ぱぱ……可哀そうに、気付かなかったんだね。もう一回言うから聞いて」
小夏の憐れむ視線が腹立たしい。煽りスキルは受け継がなくていいんだぞ? まあ、そんなところが(以下略)。
「『秋田県』に行って『秋田犬』を触るのはもう『飽きたけん』」
「ああ、うん。秋田犬ね」
「どう? これ小夏ちゃんが考えたの。すごくない?」
「すごぉいね!」
ありったけの皮肉を込めてオーバーに言ったのに、この娘は喜んじゃってる。「えへぇへ、えへぇへ」と照れてらっしゃる。
「ヴォッホン、ヴォッホン、ヴォッホン!」
「ぱぱ大丈夫? 小夏ちゃんが可愛すぎてむせちゃったの?」
うちの娘は自己肯定感が高いな、安心だ。
今は6時55分。もうすぐ電車が来る時間だ。私は下から覗き込んでくる小夏の顔を見た。……真顔? まさか、こいつ、本気で自分のことを可愛いと思っている!
実際、父から見ても可愛い娘である。ストレートな発言をする性格は改めてほしいとも思うが、愛する妻との子が可愛くないわけがない。
「ぱぱ~電車来たよ!」
向かってくる電車をバックにした小夏の笑顔が眩しい。
「いや、走れぇぇ!」
私は晴れやかな青空に届けんばかりの声を上げた。
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