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真夜中のスチュワード
「はっ…!!」
草木眠る夜陰のさなか、里梨お嬢様はたびたび前世の夢にうなされ飛び起きる。
「ああぁ……」
ぎゅっと上掛けを握り、しばらく夢と現実の狭間で惑ったまま、荒い息を整えやり過ごす。
そしてナイトテーブルに置かれたベルに手を伸ばし俺を呼ぼうとするが、震える指先はそれを突きとばしてしまうことも。
カラン、カラン……それが俺を求める合図となる。
「里梨様、失礼いたします」
コンコンとドアを小さくノックし、返事を待たず扉を開ける。
「次郎ぅ……」
瞳に貯めた涙が月光を浴びわずかに瞬く。
この時の里梨様は夜の露ほどに儚げで、胸を締め付けられた俺は早急な足取りで彼女の元にかしずいた。
「はい、雪路です。大丈夫ですよ、俺がここにいます」
垂れた彼女の頭をそっとさすり、その後ろ頭を枕元に導く。
「雪路。かならず朝まで手を握っておってくれ」
小さく開いた口からきらり耀う犬歯が見えた。彼女の破顔はあの頃からずっと変わらない。
「もちろん。安心してお眠りください」
「うん」
左手でその小さな手を握り、右手で艶めく黒髪をゆるりと撫でる。安らかな眠りにつくように。
「遅刻は御免じゃからな、ちゃんと起こせよ」
彼女はまもなくスゥと入眠した。柔らかな頬が月明かりに照らされ蒼白く染まってゆく。まるで永遠の眠りについたかのような……。
しかしこの指から伝わる温もりは“あの時”と違い、俺に明確に伝える。彼女の魂は確かにここに存在しているのだと。
里梨様の持つ前世の記憶は、“あの時”がとりわけ鮮烈のようだ。あとは断片的なものだと話していた。
俺もそうなんだ。姿を消した小鶴様を探し回った数日間──
見つかった土気色の遺体、哀しみに包まれる城、彼女の眠る墓、そして、俺だけが見た……
墓石にまとわりつく白い蛇、水鉢をついばむ清白の鶴。
数々の忌まわしい情景が鮮明に、脳裏にこびりついている。
あの日、俺が彼女から目を離したせいで──そう、悔恨の記憶が今も夜もすがら、しばしば俺を苛むから。
──『わらわを守って。おぬしだけがわらわの……』
こんな折には──
彼女に必要とされる高揚感で眠気を蹴散らし、朝までこの熱を感じていよう。日が昇ればまたこの家の使用人として、雑用に身を砕く一日が始まるのだけど──……
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