家長は小学四年生

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家長は小学四年生

 綾鷹邸の庭園にこの朝も、春告鳥(はるつげどり)のさえずりが響き渡る。  綾鷹総合病院を興した当主が、夏場も涼やかなこの土地に立派な邸宅を構えたのは、百年も前のことらしい。  現在の所有者は病院の院長と理事長だが、彼らは都心に定住し、杉の香り漂うこの平屋敷の統率は、まだ幼いお嬢様に一任されている。 「「里梨お嬢様、おはようございます」」  齢九つの家長は毎朝七時、屋敷を仕切る女中頭と共に廊下をわたり玄関へ向かう。 「おはよう、みんな」 「おはようございます。里梨様」  運転手の俺が開けて待つバックドアの前に立つと、きちっとブレザーを着こなした彼女は透明感あふれる声を放つ。 「おはよう、雪路。今日も安全運転ね」 「はい。心得ておりますよ」  教育の行き届いた上品な振る舞いで、里梨様は車に乗り込んだ。  学校への道のりに、ルームミラーで後部座席の里梨様の様子を一瞥すると、その横顔は少々緊張を帯びている。長い睫毛の下の、黒々しい瞳に少しの潤いをたたえ、窓の外をじっと眺める彼女。  明け方六時五分前、目覚めてすぐの一声はこれだった。  ──『おはよう。ちゃんと手を握っておってくれたのじゃな』  瞬間、差し込んだ朝の光が彼女の白い頬を照らし、俺の目に明々と飛び込んできた。それはたいそう安心したような、ふわりとはにかむ笑顔だった。  しかしどこか照れくさいのか、そんなことがあった朝はいつもよりすました顔で二度目の「おはよう」を、使用人らの前で俺に投げかけるのだ。    いつも車に乗りこみ俺と二人になると、彼女の口調や気性は前世のものになる。天真爛漫でおしゃべり好きなあの姫の…。  ただ、今この時は口をつぐみ、ぼんやり流れる緑の景色に心を委ねている。  この物思いにふける表情は、まだ九つと思えないほど冷然としたものだ。  外界を見ているようで見ていない。見ているものはきっと、もっと遠くの──  あの夢をみた朝の里梨様はいつもそう。  なぜなら。  感覚を研ぎ澄まし、前世の忌まわしき記憶と共に持って生まれた力を開放すれば、とある探し物が見つかる。  かつての夢は悪夢であるが、彼女に好機をもたらす予知夢でもある。
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