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序章
幼子の抵抗など、まるで無力な蟻の斧。
緊縛された細い手首の、擦れて裂けた皮膚からにじむ、鮮血がツル草の縄を赤く染める。
ア゛ア゛ア゛ァァ……ア゛ァ゛ッ……
ダレ……タス、ケ……
腹をつんざく苦しみが胸を絞め、かつて経験したことのない痛みが後ろ首を伝い脳天を貫いた。
アア、イタい……
「か…あ…さまぁ…」
いつぞや殴られ目を覚ましたら、裸形でじとり湿った空気の満ちる薄暗い納屋にいた。
このいたいけな小鶴姫に跨る男は、愉悦にまみれ、欲情任せに嬲りに嬲り、清く真っ白な肌にいくつもの赤い模様を画した。
目覚めることなく死ねていたらよかったのに──
……ドウシ、テ
従者らが血眼になって姫を探している時分だが、ここは誰も見当のつかぬ密室だ。救いの手が差し込まれることはない。
人の形はしていても、人の心を持たぬ化け物に手繰り寄せられてしまった、姫の命運はもう──
「ジロー……ジロ…っ」
ヨベバイツモ……
キテ、クレタノニ
時を経て、こめかみに滴り落ちる涙は枯れ果てた。
本能が「モウ帰ル」と、全身の腺を伝い、違う景色を見せ出した。聴覚、嗅覚、知覚、痛覚……いずれも手放し、大事な人らの待つ安息の庭に帰ろうと。
なのにその瞳は、熱を帯びた男の眼をじぃと眺めて止まなかった。
幾度も少女を突き上げ悦に入る、矮小な男の眼。それだけを、脳裏に激しく焼き付けて──
ナゼ、コノ人ガ……?
最後の瞬間、ふと湧いた疑問を抱いて、小鶴姫はついに意識を失った。
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