2:教え子が女装した

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2:教え子が女装した

 翌日、家庭教師として『板見』家に行くことになっていたのだが、母との話で昼食もどうぞという話になった。  インターホンを鳴らすと、母親が飛び出してきた。  扉を開けた右手とは逆の右手には、海苔で包まれたおにぎりが乗った平皿がある。 「帆乃花ちゃんいらっしゃい」 「おじゃまします。……おにぎりですか?」 「あらやだ、インターホンを鳴ったから急いで来ちゃった。もうお昼のネタバレね!」  ……元気だ。  私を見るとニコニコしながら食卓まで案内してくれる。  何度も来ているから知っているのに。 「ちょっと呼ぶわね」  フライパンとお玉を持って、叩いて鳴らす。  フライパンには麻婆豆腐、お玉にはキャベツが一片引っ掛かっていることを考えるとポトフだと思う。豪華なのは板見さんの性格からして、きっと私の歓迎会だと思う。 「帆乃花ちゃん来たわよ。悠生ちゃん、おいで!」  階段を駆ける足音。  来た。  悠生君、中学三年生、礼儀正しくてかわいい弟みたいな子。聞き上手なタイプで、ずっと優しい子でいてほしいが、モテるせいで道を外したら悲しくなってしまう。 「帆乃花、よく来たな。飯だ、飯」  訂正。  悠生君は反抗期? に突入しているのか?  髪を遊ばせるように跳ねさせて、目つきが睨んでいるようでちょっと怖くなっている。  紳士でかわいい男の子だったのに。 「おい、ババア、じゃなくて母ちゃん、じゃなくてババア。帆乃花と俺の二食分しかないぞ? 自分は食べないってどういうことだ。自分で作ったんだ、さっさと毒見じ……」  盛大に噛んだ。  毒見しろ、のどこに噛む要素があっただろうか?  というか悠生母も一緒に食べたいと言えばいいものを、口が悪いツンデレみたいになっている。 「あらあら」  悠生母は頬に手を当てて嬉しそうだ。  ……うん、もしかして悠生君って。  素直じゃないし口が悪いだけで優しいままかも。 「歓迎会だ。帆乃花、たくさん食え。このあと重労働が待っているからな」  悠生君は目を閉じて惚けながら食べ進める。  母は嬉しそうだ。 「……それに帆乃花さんが気に入っていた母さんの得意料理だ。大丈夫、帆乃花さんは喜んでくれる」  ……そして、悠生君の今の言葉は聞いちゃいけないやつだ。  言葉遣い的に反抗期かも分からない。  おにぎり、ポトフ、麻婆豆腐。手間がかかるものばかりで、コンセプトも分からなかったけど、私のためだったんだ。  やっぱり、美味しい。 「じゃあ、帆乃花ちゃんよろしくね。買い物行ってくるから。もし教えるのが無理だったら、明日からは断ってくれて構わないからね。そうだ、明日からも昼食付きでいいわよ。本当は夕食も出したいのだけど、そこまで一緒にいるのはお母様に悪くて」  と悠生母はスキップをしながら出掛けた。 「俺の部屋で。まずは宿題を見てくれ、帆乃花」 「いいよ。任せて」  二階の部屋へ向かう。 「今のちょっと乱暴だったかな? でもそうじゃないと」  ……うん、悠生君は無理して反抗期をしている?  今のも聞いていないことにしよう。  宿題を見てあげないと。  悠生君の部屋。  整理整頓されていて埃もない。 「数学のここ。教えろ」 「ここわね、……ちょっと待って。考えるから。ここは、ええと。ちょっと前のページ見せて。あ、思い出した! これはね」 「中学の勉強は忘れているのか?」 「大丈夫、教えられるはずだから。でも思い出さなきゃならないのも多いかもね」 「二年前ってそんなにも前?」 「高校の勉強をしていると更新されるからかな」  一度教えると悠生君は黙々と解く。 「ここ」 「これは高校でも似たようなことやっているからね!」  私としては問題ないけど、悠生君は私が家庭教師でいいのだろうか?  悠生母が帰ってくる。  ケーキを持ってきてくれた。  食べながら宿題の続きをやって。 「帆乃花、明日も来い」 「うん」  悠生君は玄関まで来てくれて。  私は家に帰る。 「いくら強引でも親しみやすさがないなら距離ができてしまう」  最後に聞こえてしまった悠生君の言葉だ。  一体どうして変てこな反抗期が来てしまったのか。  夕食時に母も父もいるところで、家庭教師を続けることを伝えた。  でもこの時は分かっていなかった。  というかあんなことになるなんて、分かるわけがないでしょ? 「帆乃花、飯だ。それから昨日の続きだ」 「うん。セーラー服とスカート。もしかして悠生君って私が気づかなかっただけで、実は女の子だったりする?」 「寝ぼけているのか? 普通にオトコノコだが」  頭の中の『オトコノコ』は『男の娘』しか出てこない。  女装しておいて寝惚けているのかは酷くない?  と悠生母をちらりと見るが。 「あらあら」  息子の姿に嬉しそうだ。  うん、共犯ですか。  そうじゃないとセーラー服なんて手に入らないもんね。  それと、変てこな反抗期だと思ったけどもしかして。  私が来ているからその話し方ってことではないだろうか?  絶対そうだ。  この日も無事に家庭教師を終えた。  元々が小柄で端正な顔立ちで肌が綺麗だからか、髪さえ伸ばせば誰が見ても女の子だと思ってしまいそうだ。  家庭教師二日目、教え子が女装した。  一体、悠生君に何があったのか?
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