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3:俺とデートしろ
三日目、昨日と同じく女装男子。
四日目、茶髪のロングヘアーのかつらを装着していた。かわいい。女性としてかわいさで負ければ悔しいと思ったが、そんなこともない。
昼ご飯を食べて、それから勉強を教えているだけだが、楽しい。
悩みを考える時間が短いのは嬉しいことだ。
五日目、宿題が終わった。ここからは自習による復習と、その他の宿題である。
悠生君は宿題から終わらせたいらしいが。
「帆乃花、俺のポスターを手伝ってくれよ。火の用心と交通安全に出すんだよ。優等生は得意だろ? 俺みたいな悪くて強引な男の娘には難しいんだよ」
教えることなど何もない。
悠生君は消火器で火を消すポスターと、横断歩道を無視して車が飛び出すが左右をしっかり見ていたおかげで助かったポスターを描いていた。
「……女の子の格好がやはり良かった。やった、帆乃花さんとの距離も縮んだ」
うん、悠生君は口にしてしまっている。
聞かないふりもできるのかもしれないけど。
「ねえ、悠生君」
なぜ女装しているのか、変てこな口調なのか聞くことにした。
が、私が悠生君を見て話しかけようとしたときには、悠生君は真剣な表情で私を見ていた。
「僕とお出掛けしてください。デートしてください、僕がお金もデートプランも考えます」
優しい口調。
いつもの悠生君だと思っていたのだが。
悠生君は咄嗟に口に手を当てて、頭から湯気を出す。
慌てて口をパクパクさせている。
悠生君は胸の前で大きくバツを作って。
「今のなし! 帆乃花、俺とデートしろ。拒否権なんかないです、……じゃなくて、ないぞ!」
「ん? デート?」
「僕は帆乃花さんが好きで、じゃなくて、俺のものになれ、帆乃花」
少なくとも悠生君がおかしなことになっていることが分かった。
うすうす気づいていたが、私のことを好きらしい。
私は燐君に好意を示して告白するまでにたくさんの時間を使った。
アプローチも奥手なものばかりで、燐君に呆れられながら「好きなのか?」と言われてようやく頷くことができた。
「私は強引なのは好きではないよ?」
「……ごめんなさい。女装は?」
「かわいいからいいと思う」
「なら頑張ります」
たぶん、恋はしたくないからだ。
女装をさせて、男の子ではないと思うためだ。
恋をして臆病な私はできないことが増えていく。
部活はやめた。
学校に帰る時間も行く時間も燐君たちに合わないように必死に調整するだろう。
でも悠生君は私と異なって好きだって自分から言えるみたいだ。
「僕は二つ年下で、どうしても後ろから付いてくようなことが多いです。高校も大学も先に帆乃花さんが経験します。悔しいので、もっと勉強します」
「真面目な教え子」
「母から帆乃花さんがいろいろあったことを聞いてしまいました」
「そうだよね。だから強引王子様キャラになろうとか、女装とかしてくれたんだよね?」
「ごめんなさい。でも僕は、帆乃花さんともっと仲良くなりたいです!」
普段通りの格好で、普段通りの口調ならキュンとした気もする。
悠生君は勇気があるけど、私は臆病だ。恋をしない、なんて私は誰にも言っていなかった。でも私の母は察していたのかもしれない。
「悠生君、恋をしたら弱くなる。恋をして期待して嫌われないか覚えて、振られたら思い出を消したくて、出会ったら嫌で、できないことが増えて窮屈に。少なくとも私はそうだった。積極的で、人のことを考えて行動できて、いつも前を見て生きていけるのは羨ましい」
悠生君は私をじっと見ている。
どうしてだろう?
目が、頬が熱い。
また泣いているみたいだ。なぜか分からない。
「僕は優しくない。振られてすぐの帆乃花さんにアプローチをしています」
「分かった。デートしてもいいよ。私、面白くないけど」
少なくとも燐君に本命がいて、私を振ったくらいにはつまらないデートばかりしてしまったのだ。
いくら優しい悠生君でも諦めてくれるはずだ。
私は嫌われるために、悠生君は好かれるために、デートをすることにした。
正反対な私たちは、デートをするという点だけは共通していた。
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