4:そんなはずはないのに

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4:そんなはずはないのに

 私と悠生君はショッピングモールへやって来た。  まず服屋に行ったけど、悠生君を女装させたまま着せ替え人形化していたら二時間ほど経過した。夏用のシャツをいくらか買った。  流石に中学生に奢らせるわけにはいかない。  私が奢ろうとしたが、悠生君には断られた。  悠生君の考え方からすれば当然のことだったと、話してから気づいた。  私にとって悠生君は弟みたいなもの、今は妹みたいなところもあるかもしれないが、悠生君からすれば対等でいたいと思っているのに。  私は私が嫌いだ、短い時間で悠生君が嫌なことをしてしまっている。  そういえば、私の服を燐君に選んでもらっているとき、雑に答えることもあった。たぶん、本命には雑なことはしない。  悠生君のことを考えずに傷つけてしまっているのは、悠生君と恋愛したくないからかもしれない。  でもいい。  これは嫌われるためのデートだ。 「帆乃花さん、映画見ましょう」 「何見るの?」 「帆乃花さんが見たいものがあれば別ですが、一応見たいものを決めてみました」 「恋愛?」 「いえ。アニメーション映画です」 「もしかして、子供が見るやつ」 「今日も多いかもですね!」  私たちは周りから姉妹だと思われているだろう。  悠生君に引かれて映画館へ。  入場特典のステッカーをもらって喜んでいた。 「私の分もあげようか?」 「映画を見て、それでも要らないなら」 「そっか」 「僕の完璧なデートプランですと、キャラメル味のポップコーンとシュガーのチュロスを買います。もちろん帆乃花さんの分は奢ります」 「それは悪いよ。けど、私も買おうかな」 「ポップコーンは分け合いたいです」 「そういうこと言われると本当に妹みたい」 「カップルだってそういうことします」  妹らしいと言って悠生君は怒ってしまっただろうか?  そうだったら、それでいい。  映画を見て。 「面白かった」 「良かったです。昼食にしましょう」 「もう結構食べていたから、軽いものが、」  悠生君は俯いている 「ごめ……」  悠生君は言いかけて、必死に首を横に振っている。 「それなら」  悠生君はたこ焼きを選んでくれた。  映画館でたくさん食べたことを謝りたかったのかもしれない。  でも雰囲気を壊したくなかったのだろう。  悠生君は気遣いができる子だ。 「美味しい」 「食感もアツアツ感もいいね」 「帆乃花さん」 「どうしたの?」 「楽しいって思ってくれていますか?」 「もちろん」  それは嘘じゃない。  でも楽しさが減ってしまうのは燐君とのデートを思い出すからだ。  私がしてきたことと悠生君の気遣いを比べて凹んでしまうからだ。  そのせいで楽しくなさそうにして。  悠生君にプレッシャーを与えてしまう。  これでデートも私も楽しくないって分かってくれるはずだ。 「本屋行きましょう」 「ほしい本とかある?」 「話題がほしくて」  ほら、楽しくないが膨らんで追い詰めてしまっている。  こんな茶番はやめるべきだ。  そもそも正反対な思惑でデートをしている。 「嫌われたいって思っているから」  誰にも聞こえない声で呟く。 デートプランを考えてくれている悠生君に悪いのだ。   「手を繋ぎたいです」  燐君と手を繋いだのは一回だけだ。  ……そうだ。 「はい」  手を差し出す。  悠生君と私は、親同士が仲良くて何度も遊んだ。  出掛けた先で母に「悠生君を見て」と言われたこともあったっけ。 「まだ、楽しくなくてもドキドキしなくてもいい。居心地がいいので。って、帆乃花さん」  男の人と手を繋いだのは燐君が初めてじゃなかった。  悠生君のハンカチで涙を拭う。 「温かい」 「嫌いにはなりません。僕は絶対に帆乃花さんを傷つけません。だから僕は何があっても帆乃花さんの手を離しません」  振られたらできないことが増えていく、悠生君に言った言葉だ。 「もう誰も愛さないって。嫌われたいって、いくら強い帆乃花さんでも、平気なわけないじゃないですか」  悠生君が私を引く力が強くなる。  誰よりも優しい人で、振られたばかりの私のために女装して恋愛をしない私を尊重しようとしてくれていたのだろう。  でも今は手が千切れるほどの力強さで引かれている。 「私は、」 「好き。大好き」  悠生君は私が絞り出そうとしていた弱さを振り払って、ただ好意を暴力のように振るう。  小柄な背中が大きく見えた。 「帆乃花さんが今フリーなのは、僕が帆乃花さんと一緒になるためのチャンスだよ。振ってきた男なんて僕からすればふらっと出てきただけ。僕はずっと帆乃花さんを見てきた。僕は頑張ってすごくなるから、絶対どこにも行かないから」 「私は良くないよ。臆病だし、考えが及ばなくて傷つけちゃうし」 「僕は一度たりとも傷ついていない」  私は泣き虫になったのかもしれない。  また泣いてしまった。  悠生君は私が立ち止まったことを感じて、手を放す。 「帆乃花さん、その、僕はずっと好きですから」 「女装しているくせに」 「ごめんなさい」 「悠生君、ありがと。私救われた」 「良かった」 「でも一つだけ聞きたい」 「はい」 「私が恋愛を忘れられるように女装して、それから告白して男として意識させるなら意味ないじゃん、それって。はまってない? 女装」  こうして私たちの初デートはいっぱい泣いて終わった。  楽しいかと言われればそんなこともない。  でも救われた、間違いないのだ。 「もう嫌われたくないな」  悠生君を見て思う。  今の本心だ。  結局、悠生と帆乃花は付き合って結婚し、子供二人娘と息子の温かい家庭を築くことになる。悠生は生涯帆乃花を傷つけないように奮闘し支えになってきた。帆乃花は悠生を愛して、悠生から受け取った愛に満足していたのだが。  温かい家庭にも関わらず子供たちが不満を持っていたことが残念ながら一つだけあったのだ。  そう、悠生の女装である。極め続けた悠生は、デートの度に女装していた。家族で出掛けるときは控えてもらったのだが。度々目撃されるので、というか目撃されにいっていたのではないかと、子供たちは頭を悩ませていたのである。幸せな家庭だったことには変わりないが。
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