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その後、乗合馬車は無事にふもとの街に着いた。
乗客たちはそれぞれの道へと散っていく。
楽士のファルーが見送りに演奏してくれて、最後に帽子を振って声をかけてきた。
「お互い、いい旅を!」
彼らと別れて旅に戻ったジゼリアが、自分の名がやけに知られていることに気づいたのは、それからしばらくしてだ。
まもなく〝奇跡の調合人〟という二つ名も耳に届いた。
原因の見当はすぐについた。
(きっとファルーさん!)
あちこちを巡る旅楽士の彼が、演奏の合間に旅の冒険譚として面白おかしく話したのだろう。
もしかしたら、ニゲもそうしたかもしれない。
初見の客の関心を惹く苦労は、同じような商売の人間としてよくわかる。
実際そんな虚名がジゼリアの商売につながってくれることもあり、そこまではありがたかったのが──。
「ねえ、あんたが〝奇跡の調合人〟なんだろ? その奇跡の白蜜水とやらをちょうだいな」
虚名とうわさはどんどんふくらんで、ただの自家製香草酒はついに万能の霊薬扱いされるようになってきた。
そうなるとジゼリアは良心の呵責から逃れられなくなった。
ジゼリアは薬師でも医者でも聖者でもない。
香草酒には病気を癒やすまでの効能は期待できないことも、まして運命を好転させる霊力などあるはずがないことは自分が一番よく知っている。
だからなんとか穏便に否定してきたのだが。
──悪魔伯爵に知られてしまっていた。
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