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バレンタイン
バレンタイン
―――― 昼休み。
「おばあちゃんがプロトのチケット取ってくれたよ♪」
あたしはリツにそっと告げた。
「えっ。まだ発売になって無いよ。」
「うん♪それがね…またコネクションだってさ。」
「華のおばあちゃんってさ…。」
「何だか伝手があるって言ってた…けどあんまり教えてくれないんだよね。」
あたしのおばあちゃん、春さんには、秘密が多い。
「そうだ、華は新曲聞いた?3月にはアルバムリリースだってさ♪」
「うん聞いた。」
「素敵なメロディーだよねぇ。」
リツがうっとりしていた。
…そうだ!真啓に聞かなくちゃいけないことがあった。それに空にも。
「ねぇ空。この曲なんだけど、どこかで聞いたこと無い?」
あたしはYoutub●でその曲を空に見せた。
「Prototypeの新曲だろ?」
空の顔をじっと見つめていた。
「空が作って聞かせてくれた曲に似てると思わない?」
「別に…どーでも良い。」
最近の空はお疲れモードだ。
「あたし真啓くんに見せてこようと思うの。空も音楽室来るでしょう?」
「あー面倒くせぇ。行かねえ。」
机に突っ伏したまま、いつもよりも輪を掛けて疲れているようだった。
「空ってさ、いっつも疲れてて、オジサンみたい。」
「お前…少し黙れ…煩い。」
あたしは空を無視してリツに音楽室に行ってくると告げた。
「あら♪華さんまた音楽室デートですかぁ。」
リツが、にやにやしてる。
「そんなんじゃないからっ!」
あたしはスマホを持って音楽室へと向かった。
真啓はいつものようにピアノを弾いていた。
邪魔をしない様に、ピアノから一番近くの椅子に座った。
曲が終わるのを待って声を掛けた。
「真啓くん。ちょっと聞いてほしいものがあるの。」
あたしは真啓にプロトの新曲を聞かせた。
「あっ…これって…。」
どうやら真啓も気が付いたらしい。
「そうなの。空の曲にそっくりじゃない?」
暫く聞いてから口を開いた。
「うん…そう…かな?似ていると言えば似てるかなぁ。」
あたしは、ピアノも弾けないし、曲名や作曲家の名前を聞いてもすぐにわすれちゃうけど、メロディは何故か割と覚えてられる。
「サビの部分なんて、まんまじゃない?」
「うーん…そうだったっけ?」
真啓は、曲を聞いてメロディ・ラインを耳でコピーしながらさらさらっと弾いた。
「僕が弾いたのはこんな感じだったから、ちょっと違うかも…?似てるだけじゃない?」
耳コピ出来るなんて流石は真啓だ。
「空に聞いてもどーでも良いって言うんだけど、不思議よねぇ。」
暫く黙り考え事をしていると、真啓が突然あたしに聞いた。
「そうだ。もうすぐ期末テストだから、夏と一緒にうちに勉強しに来る?」
「うん♪行きたい。」
「じゃぁまたメールするね。」
「判った。ごめん…練習続けて?」
あたしは、部屋の隅の椅子に戻り静かに曲を聞いていた。
♬*.:*¸¸
気がつくと、俺はアイツの家の白猫になってた。
最近は疲れてるからか、猫になる頻度が高くなってる気がした。
「華ちゃん?もう直ぐバレンタインだけど、真啓さんや空さんに、チョコはあげないの?」
夕食の時間にトーコさんが、唐突にアイツに聞いた。
…ん?俺もなのか?
アイツの足元で、寝転んでた俺は思わず聞き耳を立てた。
緊張で毛繕いをしてしまう。
「え~真啓くんは兎も角、なんで空?」
…おい…お前を何度も助けた恩を忘れたか?
「だって、あなたが具合が悪くなった時に助けて貰ってるでしょう?」
…そーだぞ!
「え~。だって、空いっつも憎まれ口ばっか言うんだもん。」
お前の隣の席で、毎日お前とリツのくだらない話を俺は聞いてるんだぞ?迷惑料ぐらい、俺にくれ!
「空さんは、もしかして華ちゃんの事が好きだったりして?!」
ダディが、ちらっとアイツを見た。
「それは、絶対無いっ!」
(ないないないない)
…ここは意見が一致した様だな。
「好きな子には、ちょっと意地悪しちゃう…的な状況だったりして。」
からかうと面白いが、好きでは無いな…ないない。
「え~。幼稚園児じゃあるまいし、今時そんな事する人居ないよ。」
…そーだ!そーだ!
「…で?チョコレートは、作るの?もしそうなら手伝うわよ?」
トーコさんが、話を割って入ってきた。
…あの人が作るチョコなら。俺は食べてみたいぞ?!
「ううん。真啓には、お店で買ったチョコを渡そうと思う。手作りなんて迷惑かも知れないし。」
…そーやって気にするって事は、真啓のこと好きなんだろ?焦ったいヤツだ。
♬*.:*¸¸
――― バレンタイン。
あたしは、真啓にチョコを持ってきた。
リツは、夏にチョコをさっそく渡してきたらしい。夏もいっぱい貰ってたって、リツは、ちょっと寂しそうだった。
休み時間に行くたびに、女の子から呼び出されてて、教室には居なかった。
…やっぱり…真啓くん。モテるよね。優しいし。
あたしは休みの度にクラスへと戻った。
「お前…まだ真啓にあげられないの?それに一番お世話になってる筈の、俺には、無いわけ?」
空が、机の上に突っ伏しながら笑った。
「空にあげる訳無いでしょう?馬鹿じゃないっ。それに自分だって、いっぱい貰ってるんだから必要無いじゃない。」
空の足元の紙袋の中には、納まりきらないチョコが溢れかえっていた。
空は、自分のスマホをいじった。
「あー面倒くせっ。」
空がクラスメートに呼ばれると、怠そうに立ち上がって、クラスの前で待つ女の子のところへ行くとチョコレートを受け取って戻って来た。
「もう勝手に入って置いてってくれないかなぁ。」
そう言いつつも、貰うときは満面の笑みを浮かべてカッコいい空を演じてて、この二重人格には腹が立つ。
「酷い~。空のことが好きで、チョコを渡しに来てるんだよ?」
おーい空!伏見が来たぞと誰かが叫んだ。
「お前の為に真啓呼んでおいた。」
空は、教室の入り口を指さして、にやりと笑った。
「えっ。」
真啓は、クラスで知り合いの男子と話をしてた。
「渡すんだろ?チョコレート。」
「そ…そうだけど…。」
「鼻たれ…休み時間終わっちゃうぞ、早くいけよ。」
あたしが、席を立つと、男子と話が終わったのか真啓と目があった。いつものように、にっこりと笑ってくれる。
「真啓くん…忙しいのにごめんね。」
慌てて真啓のところへ行った。
「空くんが、用事があるからって呼び出されたんだけど…。」
真啓のスマホが鳴り、画面をチェックすると真啓の耳が突然赤くなった。
「はい…これ。何度もクラスに行ったんだけど、女の子達に囲まれてて、入る隙が無かったの。」
あたしは、ゴ●ィバのチョコを渡した。
「あ…ありがとう。華ちゃんが僕にくれるなんて、とっても嬉しいよ。」
真啓は、恥ずかしそうにだけど、受け取ってくれた。
「なんか改めてそう言われると恥ずかしいんだけど、いつもお世話になってばっかりだから。」
チャイムが鳴った。
「そうだ。今週末来れる?母も父も家に居るんだ♪紹介したいから。」
真啓は、去り際に聞いた。
「楽しみ…あ…でも一緒に勉強するんだったよね。」
あたしは、ついつい嬉しくなってはしゃいだ。
「別に…勉強だけで無くても、遊びに来てくれて良いんだよ?」
温かい日差しが廊下の窓から差し込み、あたしの背中をぽかぽかと温めた。
「でも…ピアノの練習で忙しいでしょう?あんまり邪魔したく無いの。」
真啓は優しく微笑んでいた。
「練習は大変だけど、僕は華ちゃんと一緒にいるだけで頑張れる気がするよ。」
「そっか♪」
「じゃぁ。これありがとう。」
真啓は大事そうにチョコを抱えて去った。
その後姿を見届けてから、教室へと戻った。
「ちょっと空!何で真啓くんを呼びつけてるのよ。」
教室に戻ると、リツも空もニヤニヤしながら、一部始終を見ていたらしい。リツは空のスマホを覗き込んで、キャッっと言って笑った。
「”大好きな華が待ってるぞ“っ…だって。」
あたしは、大きなため息をついた。
「そんなことしなくても、ちゃんと自分で渡せたわよ。」
「のろまな華のことだから、バレンタインが終わっちゃうと思って。」
空は、にやにやと笑った。
「…で?華お嬢様は、次のデートのお約束はしたんでしょうか?」
リツが、おちゃらけた、笑みを浮かべ思わせぶりに聞いた。
「まっ…またそんなこと言って!デートじゃないわよ。夏も一緒にテスト勉強しに行くの。」
「ふーーーーん。」
リツも、空も口を揃えて言った。
「でも…真啓くんチョコレート女の子から一杯貰ってたんだよねぇ。あたしがあげなくても良かったかも…。」
窓から見える葉が、全て落ちてしまったハクモクレンの木を、眺めてため息をついた。
空がリツと目を合わせ、ああこいつは全くわかっちゃいないと言う顔をして首を振った。
「あーあ。冬は嫌。早く春にならないかなぁ。」
今年は、いつもより雪が多く振ると天気予報が言ってた。
「華さんの春は、まだまだ先ですね。」
リツがボソッと言うと、机でうつ伏せになったまま、空が笑った。
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