拉致

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拉致

「またあの子達来てますね。」 舞台の袖で、黒田が会場の様子を見ていた。 「いちいち報告しなくたって良いよ。」 「黒田さん。本番前にユウヤの機嫌を損ねるようなことしないでくれよ。」 ベースのトモキが、出番前の最後の煙草を吸っている。 「ちょっと!ユウヤのお気に入りの子ってどこ?どこにいるの?」 キーボードのリュウが、黒田に聞いた。 「内緒です。」 黒田がはぐらかすと、リュウは袖にあるモニターで会場の様子をチェックした。 「あ…れ?あの子この間のライブで怪我した子じゃない。最近関係者席に座ってるけど、誰の知り合い?高校生ぐらいかなぁ。可愛いコだね。もうちょっと大きくなってから、お兄さんと遊ぼうね。」 …華の事だ。 俺はモニターを見なくてもすぐに判った。一番前の席のほぼ中央に座っている。 「どれどれ…。」 トモキが煙草を吸い終わって、モニターを見た。 「ロリコン趣味があるんですか?僕には中学生に見えますけどね。」 トモキがふざけて、ズームにすると、リツと笑い合う華の姿が映った。 「ファン食いは厳重注意。未成年者だったら、スキャンダルどころか解雇です。」 黒田が、真面目な顔でメンバーを諭した。 「あーあ。セックスするのも、年齢確認しないといけねーなんて、人気商売もメンドクセーよなぁ。」 リュウが笑った。 「それでなくても、お前は女をとっかえひっかえなんだから、気を付けないとな。」 メンバーの調整係のトモキが、リュウの肩をポンポンと叩いた。 ――― 時間です。 スタッフが俺たちに出番を告げた。 …そういえばアイツ、歌いたい歌だけ歌えば良いって偉そうなこと言ってたな。 眩しくてクラクラする世界へと俺は、また一歩踏み出した。 ♬*.:*¸¸ 「ライブ最高だったねぇ♪」 リツが冷めやらぬ興奮をあたしに叩きつけてきた。 バシバシと叩かれ続けた肩が、いつものように痛んだ。 会場の混雑が減るまで、席に座り感動を分かち合っていた。 「あ…ちょっと待てて?トイレに行ってくる。」 ロビーへ出ると、リツがトイレへと向かった。 「ねぇ…君一人?」 突然、声を掛けられた。 「友人を待ってるんです。」 慌ててリツにメッセージを送った。 (ロビーで2人組に声掛けられちゃったの。) …嫌だ。こんなところで。 スタッフのジャケットを着た、2人組の男性。 「君いくつ?」 スタッフが、持つような無線を腰に付けていた。 「16…です。」 2人とも20歳前後に見えた。 「わっ…高校生か。」 男達は、顔を見合わせた。 「これから、スタッフの打ち上げがあるんだけど、一緒に僕たちと来ない?」 「えっ…でも…。」 時計を見ると、9時を少し回ったところだった。 リツとファミレスでご飯を食べる約束。 ダディが、そこにお迎えに来てくれる予定だ。 「僕、ユウヤの付き人してるんだけど、君たちを連れて来てって言われたんだ。」 ひょろりとした長身の男が言った。 「でも…友達が来るんで…。」 「じゃぁさ、友達に連絡しときなよ。ここの近くの●●ホテルの106号室だからさ。他にも女の子が来るんだ。だから、合流すれば良いじゃない。」 「俺たち君を連れて行かないと叱られちゃうんだよね。だからお願いっ!!」 もうひとりの黒縁眼鏡を掛けた、真面目そうな男が言った。 「そうだ顔を出すだけで良いよ。そしたら、俺たちも叱られないし、君は友人が来たら、すぐに帰れば良いじゃない…ねっそうしよう。」 リツにメールを打っていると、背中を押される様にして玄関へと向かった。 ホテルは、道を挟んで真正面にあった。 「ごめ~ん。華…ストッキングが伝線しちゃっ…て。」 リツはトイレから出てくると、あたしを探した。 ライブが終わってから随分時間が経っていたので、スタッフが片付けを始めていた。 同じように誰かを待っている女の子がスマホをいじっているだけだった。 「華ぁ!?」 リツは大きな声を出した。 「あ…さっきの子?ちっちゃくてかわいい子でしょう?スタッフに連れていかれたよ?」 「えっ…。」 リツは慌ててロビーに出ると、守衛に聞いた。 「ああ…スタッフに連れて行かれて、向かいのホテルに今さっき行ったよ。おかしいね…今日は地方公演でも無いから、スタッフもホテルを使う事なんて無いと思ってたのに。」 守衛が呟いたのを聞いて、リツは何気なくスマホを見ると、華からのメールが入っていた。 「あのっ!済みません駄目かも知れないけど、確認して貰えます?!プロトのマネージャーでも、メンバーでも良いんです。」 「そんなこと言ったってねぇ…ファンは取り次がないように言われてるんだよ。」 守衛は、またかといった風にリツをあしらった。 …こんなことしょっちゅうあるんだろうな。 リツは、それでも諦めなかった。 「今日打ち上げがあるかどうかだけでも…友人が向かいのホテルで待ってるって言うんですけど…。」 リツは守衛にスマホを見せた。 「いやぁ~そう言われてもねぇ。」 …これじゃ埒があかなよっ! ♬*.:*¸¸ 「ほらね…女の子いるでしょう?」 線が細くひょろりとした男はヒロシと名乗った。そこはホテルの部屋…というよりは、応接室のような場所だった。 あたし以外にも数人の女の子が既に居てお酒を楽しそうに飲んでいた。 「君は…未成年だから、ウーロン茶で良い?ちょっと待っててね。」 ヒロシは、飲み物を取りに去った。 「あなた…最前列に居た子よね?」 あたしに声を掛けて来たのは、細くて髪の長いお人形のような女の子。 「あたしサキって言うの宜しくね。あなたも高校生?」 「はい。高1です。」 …手足が長くて小さな顔…綺麗。 これ飲んで待っててね。ヒロシが持ってきたウーロン茶を喉が渇いていたあたしは一気に飲んだ。 それを見て、ヒロシもサキも笑った。 「済みません。喉が渇いてたから。もう一杯頂けますか?」 ヒロシはちょっと待っててねとバー・カウンターの様になっているテーブルへ向かった。 あたしは、ここでやっと一息ついて周りをぐるりと見回した。 …綺麗なコ…ばっかりだ。 友人同士で来ているような子も居れば、ひとりで来たような子も居た。 「あと30分ぐらいでメンバーが来ますので、待ってて下さい。」 女の子はあたしを含めて12人。 メンバーは扉から出入りしている人を合わせて4-5人だった。 女の子達は、それを聞いてわぁとかきゃっとか小さな声をあげた。 「はい♪お代わりどうぞ。」 ヒロシが、あたしの目の前のテーブルにコトリとグラスを置いた。 ――― グーッ。 絶妙なタイミングであたしのお腹が鳴った。 「あっ…済みません。この後友人と食事行く予定だから。」 ヒロシは、これ食べなよ…とお菓子を持って来てくれた。 …リツは、メッセージ読んでくれたかな。読んでくれてる筈。 部屋には時計も無く時間が判らなかった。 いつもの癖で携帯で時間を見ようとした。 …あっ…そうだ。入り口でバッグ渡したんだっけ。 携帯の持ち込みは禁止で、女の子達は全員バッグを部屋の入り口で預けていた。 ウーロン茶でお菓子を流し込んだ。少し食べれば、お腹もならないし恥ずかしい想いはしないから。 …それにしてもリツが遅い。 「ヒロシさん。今何時だか判りますか?」 ヒロシは自分の時計をチラリと見て笑った。 「9時20分だよ。」 …そっか…ここに来てから10分ぐらいしか経って無いのか。 「あの…友人が来ないので、スマホで連絡したいんですけど。」 何だか身体がポカポカしてくるような気がした。 「ゴメンね。ここではスマホ使えないんだ。だけど僕と一緒に入り口でなら良いよ。」 …あ…れ? 「これ…お酒入ってま…す?」 …頭がボーっとしてきた。 怠い頭で周りを見ると、女の子達はうつらうつらと居眠りをしているようだった。 「ううん。君は未成年だろ?お酒なんて入ってないよ。」 あたしは椅子から立ち上がろうとすると、眩暈がした。 「ごめん…なさい。」 よろけるあたしを、ヒロシは支えた。 「大丈夫?」 「なんか具合が…悪いの…。」 入り口に向かってヒロシと一緒に歩いたが、足の下の真っ赤な絨毯がズーム・アップしたりアウトしたりと、ふわふわした不思議な感覚だった。 「君の鞄どれ?」 ヒロシは、ふらつく身体を支えながら聞いた。眠気が雪の様に振って来て、拭っても拭っても、意識を遮断していく。 「あの…黒いショルダー…バッグ。」 ヒロシが取ってくれたバッグの中から、スマホをを取り出した。 「友達って可愛い子?」 「え…ええ。」 …目が霞んできた。 「あれ…なん…か力が入ら…ない」 番号をタッチしようとすると、スマホが手から滑り落ちた。 …あっ…やっぱり変だ。 ヒロシの笑い声が、遠くで聞こえる様な気がした …ことまでは、あたしは覚えていた。 ♬*.:*¸¸ 何度も華に電話を掛けたが留守番電話になった。 …お願い…出て!なんかおかしいよ。 リツは、華の家に電話を掛けた。 「お願いです…内線で良いんでスタッフに…聞いて下さい。誰か判る人に…メンバーじゃなくって良いんです。」 リツは泣きながら頼んだ。 その様子に他の守衛が集まっていた。 「さっ。君…お家の人にお迎えに来て貰おうか。」 「もうすぐ、親が…友人の親が来るんです。ここで待たせて下さい。」 スタッフによって、片づけがどんどん進む会場のライトも今は消えてしまった。 「お願いです!マネージャーでも、スタッフでも誰でも良いんで聞いて下さいっ!」 とうとう一人の守衛が折れて、じゃぁ内線だけならと渋々電話を掛けた。 呼び出し音が鳴るだけで、誰も出なかった。 「もうみんな帰っちゃったよ。」 「そんな…もう一度!もう一度だけ掛けて下さい!!」 そんな時、奥からガヤガヤと集団が出て来た。 「ユウヤ!」 リツが、大声で叫び近づこうとすると、ふたりの守衛が慌ててリツを止めた。 「リツ…?」 濃い舞台メイクのままのユウヤは、大きな荷物を抱えて出て来た。 「華が…華が…スタッフの打ち上げがあるって連れて行かれたんだけどホント?」 俺の友達ですと、守衛に言ってユウヤが近づいてきた。 「無いよ?」 事情を話すと、黒メガネのマネージャーがやって来た。 「リツ…さんは、ここで待ってて。おい行くぞ。」 黒田に声を掛けると、ユウヤは、真向いのホテルへ飛び出して行った。 ♬*.:*¸¸ 「申し訳ございませんが…。」 俺は、中を確認させて欲しいとフロントに言い続けた。 後から来た黒田は、どこかに電話を掛けていた。 最近スタッフを名乗るグループの、強姦事件が増え注意を喚起していた。 そこへコンビニの袋を下げたスタッフ・ジャンパーを着た男が、部屋の方へ行くのを見つけた。 「あっ…すみません。困ります!」 ホテルのフロントの声を背中で聞きながら、俺はそいつを捕まえた。 「あっ…。」 俺の顔を見ると怯えた顔になったが、一発思いっきり殴ってから言った。 「部屋のキーよこせ。」 そいつからカードキーを奪い取ると、部屋へと入った。そこには異様な光景が広がっていた。 くったりとした女性達が、カーペットの上に寝かされ男が覆いかぶさるように乗り、洋服を脱がしている最中だった。 大きな物音を立てて入って来た俺を、男達がみると慌てた。 「やっべぇ!」「ほ…本物?」 俺は、一番近くに居た男の顔を蹴り上げた。 「華っ!」 部屋の隅でブラウスのボタンを外され、細い男が華の首筋に唇を這わせていた。 真っ白なスベスベの肌に、白いブラに形よく小さな胸が収まっていて、今まさに、華を抱えるようにしてブラを外そうとしているところだった。 俺はそれを見た瞬間、頭に血が上った。 「てめぇっ!その子に汚ねー手で触れるんじゃねぇ。」 俺はそいつを引き剥がし、1発、2発、3発と殴り続けた。 その度に男は吹っ飛んだが、立ち上がる暇を与えずに俺は何度も蹴りつけた。 「死ね クソ野郎!」 俺のお気に入りのジーンズに、そいつの血がべったりと付いていた。 「お前より、このジーンズの方が価値があるんだよ。クズ野郎が!」 「おいっ。もうそれぐらいで止めて置け!!」 俺よりも少し身長が高い黒田が、がっしりと俺の腕を掴んだ。 俺は、華に掛け寄り声を掛けた。 「華…おいっ!華っ!!」 着ていた皮のジャケットを、華に被せ抱き上げた。 後から、警察がバタバタと入ってきた。 俺は一刻も早く、この場所から華を連れだしたかった。 ホテルのロビーには、何事かと野次馬が集まって来ていた。 フロントに救急車の手配を頼むと、俺はロビーの隅に華を寝かせた。 警官達が次々とやってきたので、大声で逃げていく犯人たちを指さした。 「華!しっかりしろっ!」 …身体が少し冷たい。 胸に耳を当てると、ゆっくりと心臓の鼓動が聞こえた。 何度も揺さぶるが、全く目を覚まさない。 段々と青白くなる華の顔。 「おい!息をしろっ。」 呼吸をしているのかしてないのか判らなかったが、俺は、気が付くと人工呼吸をしていた。 華の顔には俺のドーランがべったりと付いたが、身体は、ぐったりとされるがままになっていた。 息を吹き込む度に、華の白くて小さな胸が上下した。 リツと、華の父親がやってきた。 父親は何も言わず、ロビーの壁にあったAEDを持ってきた。 手早くそれを付けると、必要なしとアナウンスが流れた。 「人工呼吸続けてくれる?」 次々に運び出される女性の様子を、華の父親は見て回っていた。 どの女性も動けなかったが、頷いたりは出来るようだった。 心電図の機械的な音が聞こえる。 リツはただ茫然と華を見つめていた。 救急隊が駆けつけると、意識が無い華を運ばせた。 「●●病院へ運んで下さい。僕が務めている病院です。リツちゃん一緒に救急車へ乗って!」 救急車は割れんばかりの音を出しホテルを出た。警察に事情を話す黒田を、俺はずっと待っていた。
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