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Prototype
あたしは、コンサートの前日から全く眠れずに過ごした。
パパはテスト前なのに…と眉を顰めたが、これだけは絶対に譲れない。
ダディが、お迎えに来るという約束。
「ちょっと…リツ。今日の洋服気合い入ってない?」
黒革のジャケットに、中は真っ白のふわふわワンピース。黒の厚手のタイツに、ゴツめのブーツだった。
「あったりまえでしょう?だって超近いんだよ。目があったらどうしよう♪」
始まる前からあたしもリツも興奮気味だった。
席は、最前列の中央。
「ねぇねぇ!あたしのほっぺたちょっと抓ってくれる?ほんと夢みたい。」
パフォーマンスが始まる前から、みんな立ち上がっていた。
ユウヤが出てきた瞬間、黄色い歓声とウォーという野太い声が上がった。
ファン層が、男女半々の珍しいグループだ。
汗を飛ばしながら歌い続け、その甘い歌声に心が痺れた。
どうすれば、こんなに心に沁みる詩を書けるんだろう?ステージの上のユウヤと何度も目があった気がした。
「こっち見てる!ユウヤがこっち見てる!」
リツは興奮して、あたしの肩をバンバンと叩きながら、一生懸命ユウヤに手を振っていた。
お陰で終わるころには、左肩が腫れている気がした。
最後から何曲目かで、ユウヤがカラーボールを何個か投げた。
それにはサインが書いてあって、色紙などにサインを書きたがらないユウヤのサインは、オークションなどでも高値で取引されている。
――― キャー!!ユウヤぁー!
ボールが投げられるたびに、その方向に人が集まった。
リツが一生懸命手を振ってこちらに投げて貰うようにアピールをしていた。
――― ヒュッ。
そのボールはあたしたちの席周辺に投げられた。リツはさっと取りに行ったが、少し遅れたあたしは、他のファンにもみくちゃにされて、転んでしまった。
硬い誰かの靴があたしの額に、思いっきり当たった。
――― ゴンッ。
鈍い音がした。他の場所にユウヤがボールを投げ、あっという間にファンは散った。
「いたたた。」
リツが、慌てて抱き起こしてくれた。
「華っ。大丈夫?」
リツの手にはサインが入ったボールが、しっかりと握られていた。
「あ…取れたんだ。良かったねぇリツッ‼︎凄いねっ‼︎」
自分のことの様に興奮した。
「ちょっと…華。血が出てる。」
あたしは、慌ててハンカチで額を押さえると、血がじわじわと沁みてくるのが判った。
血を見ただけで、クラクラしてくる。
…駄目だ。気分が…。
アンコールの曲は、席に座って聞いた。
すると、係員がやって来た。
「ちょっとこちらへ…。」
あたしは、自分の洋服に着いた血を見ないようにして歩いた。ひとりで大丈夫と言ったけど、リツも付き添ってくれた。
バック・ステージに案内された。スタッフがバタバタと出入りしていた。
薬箱を持ってきたのは、Prototypeの敏腕マネージャーの黒田。
「押されて転んじゃったんだね。ちょっと見せてくれる?」
あたしは押さえてたハンカチをそっとはずした。額から頬へタラタラと生暖かいものが流れてくるのが判った。
「ちょっと深いね。これは病院へ行った方がよさそうだね。」
外したハンカチが、真っ赤な血に染まっているのを見しまった。
ふらふらと貧血を起こした。
黒田はあたしを抱え上げ、部屋の隅にあるソファに寝かせた。
「頭 打った?救急車呼びましょう。」
あたしは慌てた。
「あっ…あの。父が迎えに来るんです。父は医者ですから大丈夫です。」
「では、お父さんにここに来てもらいましょう。」
…ダディは大丈夫だけど、パパに怒られちゃう。
目を開けるとまだくらくらしたので、あたしはリツにスマホを渡した。
アンコールが終わり、物凄い拍手が外から聞こえた。
「リツ…本当にごめんね。」
…凄く楽しみにしてたのにリツに申し訳ない。
「何言ってるの!最前列で、サインボール貰えて、もう今日は夢の様な時間だったよ!!」
騒がしい一団が部屋に入ってきた。
「ユウヤ!!ホンモノ?!」
リツが、大声で叫んだ。
…あたしも見たいけど…駄目だ。悔しい。
「この子達どうしたの?」
ユウヤが傍にやって来て、マネージャーの黒田に声を掛けた。
「他のファンにもみくちゃにされて、怪我をしたようです。」
黒田は、淡々としていた。
声に抑揚が無く、事務的だった。
「大丈夫?」
あたしの肩にユウヤが触れた。顔が真っ赤になるのが判った。
「ユウヤ…さんっ。あ…握手して下さいっ!」
リツが、とても緊張していた。
「ああ…そんなことぐらい。」
そういって握手をした。
「写真とか、撮らなくていいの?」
ユウヤの声はとても優しかった。
「ま…マジで?」
リツは素っ頓狂な声をあげた。
「うん。マジで良いよ。」
リツが黒田にスマホを渡すと、ユウヤはしっかりリツの肩を抱いて、にっこり笑って写真を撮った。
「うわっ。お友達に自慢しちゃう~♪ありがとうございます。」
あたしも目を開けたかったけど、静かにふたりの会話を聞いていた。
…やっぱり声も素敵だ。
付き人が、ユウヤに水とタオルを持ってきた。
「君たち…名前は?」
ありがとうと受け取りながらリツに聞いた。
「あたしは岩田利津です。この子は 今泉華です。」
「あれっ?君たちファンレターくれた?」
「えっ…読んでくれたんですか?」
「ああ…最前列にいたよね?」
「はっ…はい。」
リツの声はうわずっていた。
「あれ…君…。どこかで見たような気がするんだけど…。」
ユウヤが,きらきらした澄んだ瞳でリツをじっと見つめた。
「インディーズからのファンで、●●スタジオでやってる頃から知ってます。」
「あーっ。そうか!あの時は、演奏しても客がたったの20人とかの時代だったもんねぇ。懐かしいなぁ。どおりで…。」
ユウヤは昔の事を思い出した様で、とても嬉しそうだった。
「きゃぁ。マジで超嬉しい!」
客に暴言を吐かれた話や、大雨でリツを含めて5人しか客が来なかった時などの昔話で、2人で超絶盛り上がってた。
「あっちょっと待っててね。」
ユウヤは、部屋の隅の段ボールを、ごそごそと漁り、何かを探しているようだった。
「やっぱり♪ユウヤは良い人だぁ。」
あったあった…と、ユウヤが持ってきたのは、ファン100人限定で配られた、シリアルナンバー入りの激レアの指輪だった。
「マジで?マジで?」
リツは指輪を受け取って、飛び跳ねて喜んでいた。
「リツは、さっきからそればっかり言ってるよ?」
興奮してるリツを見てると、可笑しくて仕方がない。
「でも…ひとつしか無いから…君には、これあげる。」
ユウヤは、自分の付けていた指輪を外し、あたしにくれた。
「えっでも…。」
その指輪は、ユウヤの温もりが、まだ残っていた。リツは、あたしが貰った指輪をみて叫んだ。
「凄いじゃん!!シリアルナンバー1だよ!」
うん…メンバーは、皆若いナンバーを持ってるんだよ。付けてるのは俺だけだけど…とユウヤは笑った。
ユウヤ…そろそろ時間と黒田が囁くと、わかったと返した。
「今日は来てくれてありがとう。」
にっこりと笑ったその顔は、とても素敵だった。
「これからも応援します!」
リツが、大きな声で言った。
「あんまり頑張り過ぎないで!!好きな歌だけ歌えば良いよ!」
いつも思ってた事をつい口にしてしまった。
「えっ?」
ユウヤは、あたしの言葉にちょっと驚いたようだった。
「無理して笑ってるように見えるから。本当に歌いたい歌だけ…歌えば良い…と思います。」
あたしの顔をじっと見て、ユウヤは行ってしまった。
部屋の入り口から、ダディが入ってくるのが判った。
「こんばんは。今泉華の父です。」
スタッフに挨拶をすると、真っすぐあたしのところにやってきて何も言わずに、額の傷口を確認した。
「華さん。これは縫合しなくっちゃ駄目だよ。」
ダディは、小さなため息をついた。
「ごつんって物凄い音がしたんです。」
リツが、傍で口を挟んだ。ダディは大きな手で、あたしの頭に丁寧に触れた。
…ああ。リツったら余計な事を。
「気持ち悪くない?酷いたんこぶが出来てるけど。」
ダディは、しばらくあたしを観察していた。
「うん。さっきまで眩暈がして、気持ち悪かったけど、今は大丈夫。血をみたから貧血かも。」
ダディが来たので、ほっとしたからか、あたしはうっすらと目を開けて笑った。
「今日はガクさんが、当直だから病院に電話してみる。」
ダディは、携帯を取り出した。
「えっ…パパに言うの?」
ダディは、さっさと電話を掛け始めた。
「いいよ…もう大丈夫だから。」
あたしは、慌てた。パパにまた心配させちゃう。ダディはスマホを耳に当てたまま、ジェスチャーでちょっと待ってと人差し指をたてた。
「麻酔科の今泉ですが、院長をお願いします。今日、当直だと思うんですが。」
それどころか、ライブにはもう行くなって叱られる気がした。ふたりは短い会話を交わしていた。
「じゃぁ。華ちゃんのお友達を送ってからそちらへ行きます。」
そういってダディは電話を切った。
女性の付き人が、あなたのお父さんとっても素敵ねと囁いた。
若いころも、今もモテモテなのにダディはママ一筋だ。
「リツちゃん。お家まで送るよ。その後、華ちゃんは病院に行くよ。」
あたしはソファから、ゆっくりと立ち上がったが、少しふらふらした。
「リツちゃん。悪いけど華ちゃんのバックと車の鍵持ってくれる?」
そういうとダディはあたしをひょいっと横抱きにした。
「いやだ…ダディ。大丈夫だよ。」
「この方が早いから。」
ダディは、笑ってそのままあたしを駐車場までお姫様抱っこで車まで連れてった。
リツを家まで送り、その後あたしたちは病院へと向かった。
ERのお医者がすぐに見てくれて、額の傷の縫合をした。
チクチクと引っ張られる感じがして怖かったけど、処置の間、ダディがあたしの手をずっと握ってくれていた。
「華さん…どうしたんですか?」
パパが、飛んできた。あたしの周りをERのDr、ダディ、パパの3人のお医者が取り囲んだ。
頭のレントゲンと、CTを取ると脳外科医のパパがすぐに見て、パパとダディはふたりで話をしていた。
「骨折も、浮腫も無いし大丈夫ですね。」
パパが、わたしのところにやってきた。
「どうしてこんなことになったんですか?」
あたしは、事情を話したけれど、パパは大きなため息をついた。
「もうそんなところに行くのはおよしなさい。」
…だから、パパにいうのは嫌だったんだ。
「どうしてそうなるのよ?たまたまだったのよ。」
あたしは口を尖らせた。
「怪我をして縫合ぐらいだったから良かったですけど、女の子なんですから、顔に傷が残ったら大変です。」
パパは、眉を顰めていた。
「さぁ、華ちゃん。もう遅いですし、お家に帰ろう。トーコさんも心配してるよ。」
ダディは、あたしの肩を優しく撫でた。
「うん…。」
家に帰るとママが心配して寝ずに待っていた。
「まぁ。顔に怪我するなんて。」
今日はお風呂は駄目よ。あたしは少しホッとした。もっと怒られるかと思ってたから。
「明日も学校でしょ?もう寝なさい。」
ダディが、あたしの頭にキスをした。
あたしは歯を磨いてパジャマに着替え、ベッドに潜りこんだ。
…なんか疲れた。
あたしはすぐに目を閉じた。
すぐに温まり、ベットの中で、あたしの身体は毛布にすぐに溶けた。
♬*.:*¸¸
翌日の教室。
リツの周りにクラスメートが集まっていた。
「凄いじゃんリツ。」
「いいなぁ♪あたしチケット取れなかったの。」
「やっぱりカッコよかった?」
早速昨日の話をしていた。
「あっ華!大丈夫だった?」
あたしが、教室に入ってくるのを見つけると、大きな声で声を掛けてきた。
「うん。」
リツの周りを、取り囲むクラスメートをかき分けて、自分の席についた。
「あれから病院へ行ったの?」
リツは、あたしの額についたガーゼを見て、心配そうだった。
「うん。縫合して、レントゲンやCT取らされて、帰ったの23時過ぎてた。昨日は、ホントにゴメンね。」
リツは、チケットが手に入った時から、本当に毎日楽しみにしてた。
…なのに、あたしのせいでコンサートが全部見れなかった。
「えっ!何で謝るの?あたし、人生で一番幸せな時間だったよ。ごめんねなんて謝らないで。」
リツはあたしをギュッと抱きしめた。
クラスメートの尋問は続く。
答えたのは、おもにリツだった。
そろそろ先生が来そうな時間になって、空が怠そうに入って来て、あたしのとなりに座った。
「何それ。また転んだの?」
あたしの額のガーゼを見ていった。
「あなたには関係無いでしょ?」
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。
♬*.:*¸¸
「今泉~!お客さん~。」
休み時間、クラスメートに呼ばれた。見ると、真啓が教室の入り口でにこにこしながら立っていた。
…あっ。
リツが、あたしの顔を覗き込み、ニヤニヤした。
「何よ…リツ。」
あたしは、顔をしかめた。
「なぁ~んでもなぁい♪」
恋とは言えない、あたしの恋…なのか?まぁいいや。あたしは真啓と一緒に廊下を歩いた。
「…どうしたの?」
真啓は、線が細くて、色白で、目がくりくりとしている。
「これ…良かったら。僕のお勧めだよ。」
ドヴォルザークのスラブ舞曲集。指揮者はジョージ・セルでクリーヴランド交響楽団 のものだった。
「夏から、落ち込んでるって聞いたから。ちょっと個性的な曲だけど、元気になれるよ。」
夏は、しょっちゅう真啓の家に行く。
クラシックのCDが何千枚もあるって言ってた。真啓のママは、ピアニストで、パパは外科医。
夏と勉強をしたり、ゲームをしたりピアノをあたしに教えてくれる。
「傷…大丈夫?」
真啓は心配そうに額のガーゼをみた。
「あ…これ?うん平気。」
あたしは、額を撫でた。
「そっか。」
「最近音楽室へ来ないけど忙しいの?」
あたしは、真啓のピアノを聞きたくて、音楽室を良くのぞきに行ってた。
「しょっちゅう行くのも…悪いかなぁと思って。」
真啓は、優しい笑顔を浮かべた。
「また伏見君のピアノが聞きたいし、うちにご飯食べに来てよ。夏のパパが喜ぶよ。」
大人しくて優しい真啓は、クラッシックが大好きなパパと、話がよく合った。真啓のママのコンサートにも、一緒に行ったりするぐらいだ。
夏は、何度も真啓を家に連れてきている。あたしも一緒に勉強したり、ゲームをしたり、好きな本や映画の話を良くした。うちにあるピアノで良くリクエストした曲を弾いてくれたりしてた。
「華ちゃんは?」
…えっ。
「華ちゃんは…僕が家に遊びに行っても大丈夫?嫌じゃない?」
真啓は遠慮がちに、あたしに聞いた。
「嫌だぁ。伏見君ったら…そんなこと無いに決まってるじゃん。」
「良かった。じゃぁ休み時間終わっちゃうから、教室に戻るね。CD…いつでも良いからね。」
「うん♪ありがと。」
同じ年齢とは思えない程落ち着いてて、真啓と話すと、ホッとして元気が貰える。鼻歌を歌いながら教室へ戻った。
「どうだった?愛の告白。付き合ってくれって言われた?」
リツが笑った。
「伏見君は、そんなんじゃないよ。あたしが好きだったとしても、きっと何にも思ってないと思うよ。」
…あたしが、好きだったとしても。
自分で言ったのに、ドキドキした。
「はなたれ…クラッシック聞くのか?」
‟はなたれ”と言われたら完全に無視することに決めた。
「…。」
CDを、そっとスクール・バックに入れた。
このハッピーな気分を、こいつに壊されたくない。
「無視すんな。バーカ!」
悪態をつく空を無視し続けた。
…黙れ ザ・シャード。
♬*.:*¸¸
このCDを聴きながら勉強をしたら、はかどりそうな気がした。
塾から帰ってくるとパパが晩御飯を食べていた。ママは隣に座っていつも眺めている。
あたしも遅めの夕飯を食べた。
「ねぇ。パパとママが、お付き合いを、し始めた時って、どちらから付き合おうって言ったの?」
どうしたんですか?突然そんなことを聞いて…と、パパはちょっとびっくりした顔をした。
「勿論ガクさんよ。」
ママは、テーブルに肘をついて、パパを見つめていた。
「そうでしたっけ?」
パパは、笑ってごまかした。
あたしは、何度もその話を、ママから聞いてるけど、パパから聞いたことは無かった。
「ねぇパパは、なんでママのこと好きになったの?」
パパは、ママと見つめあった。
「それは可愛い人だし、誰に対しても思いやりがって優しくて、仕事も良くできるのに、ちょっとミステリアスなところがあったからですね。」
パパは、即答だった。
「ちょっと可愛くて、おっぱいが大きいからとかじゃなくって?」
パパが、一瞬フリーズした。
「華さん…あなたは…。」
パパは眉を顰めて、あたしを窘めた。
「だってママが言ってたもん。」
残念ながら、ママのおっぱい遺伝子は、あたしには継承されなかったようだ。
「トーコさん!あなたって人は、華さんに、そんなこと言ったんですか?」
ママはティッシュペーパーで、パパの口元を優しく拭いた。
「ええ。だってホントのことでしょう?でもね、私はガクさんのことが、とっても好きだったから、それでも良かったの。」
ママは、パパの頬にキスをして、優しく頬に触れた。
「ガクさんこそ、仕事はスマートにこなすし、誰に対しても、丁寧に喋る人だったの。ハンサムなとこにも、勿論惹かれてたけど、尊敬できる人なの。」
パパは、いつに無く嬉しそう顔をして、ママを見つめてた。
「ふーん。」
ママは、パパと言い合いになる事もあるけれど、結局はいつもパパが折れて、解決してる様な気がする。
それが、家族円満の秘訣なのかも知れないと、子供ながらに思ってる。
「誰かを好きになるって、どんな気持ちなんだろう?」
テーブルに肘をついて考えた。
「華さん…あなた本当に大丈夫ですか?」
パパが心配そうにあたしに聞くと、ママ迄パパの隣に座った。
「ママもパパ達も、大好きだけど、それとはまた違うんでしょう?」
真啓と一緒に居て楽だし,好きだけど、でもそれは友達だから?
「その人が側に居なくても、その人の事で、頭がいっぱいになっちゃうの。」
ママが、パパに寄りかかりながら、微笑んだ。
…うーん。真啓とは…それは無いな。
「何をしてるんだろうとか、誰といるのかしらとか、朝から晩まで気がつけばその人の事ばかりを考えちゃう。」
パパとママは、お互いの顔を見合わせながら微笑んでいた。
「華さんには、そういう人がいるんですか?」
パパは、じっとあたしの顔を見つめて答えを待っていた。
…ダディとパパの視線が痛い。
「リツに言われたの。”華は、伏見君の事が、好きなんでしょう?”って…。」
…でも、どうしてリツは、そう思ったんだろう?
「華ちゃんは、真啓さんの事が好きなの?」
ソファに座っていたダディが、あたしに聞くと、目の前のパパが、緊張したのがわかった。
「うん。好き。」
ダディが、えっ?!とリビングで大きな声をあげたのと、パパがはっとした顔をしたのが同時だった。
「…一緒に居ると楽だし,ちょっとドキドキするけど、でも、いっつも伏見君の事を考えてるわけじゃ無いの。」
ダディが、あたしの隣に座った。
「そっか。真啓さんとは、良いお友達なんだね。」
パパが、ホッとした顔をしたのを見て、ダディとママが笑った。
「誰かを好きになったら、あっコレが恋だって解るものなのかなぁ。あたし、気がつかなかったらどうしよう?」
皆が声を出して笑った。
「大丈夫。その時が来たらきっとわかるよ。」
ダディが、あたしの頭を大きな手で優しく撫でた。
♬*.:*¸¸
夕食後、部屋に戻ろうとすると、ママに呼び止められた。
「これあなた宛の手紙よ。」
ママが持ってきてくれたのは、エンボス加工がされた黒い封筒。
…ん?差出人が書いてない。
ママが、ちょっと心配そうに見てたので、あたしは徐にそれを開けた。
「あっ。ユウヤからだ!」
思わず大きな声が出てしまった。怪我の心配と、ファンレターのお礼。
直筆のようだった。あたしは、嬉しくてその場で飛び跳ねた。
「あなたが、好きなバンドの人からなの?」
あたしは、ママに見せた。
「あら…綺麗な字を書く人ね。」
日付は、あたしが怪我をした日で、ユウヤのサインが入っていた。
「きゃぁ♪嬉しーっ!もうこれ宝物にしちゃう♪額に飾っておかなくっちゃ。」
あたしが、大喜びをしているのを見て、ママはずっと笑っていた。
「静さんは大丈夫でしょうけれど、ガクさんには余り言わない方がいいと思うわ、また心配させるから。」
「うん♪あとでダディに見せよっと♪」
こんな気遣いが出来るなんて、あたしは、益々ユウヤが好きになった。まるで、夢の続きを見ているようだった。
…そうだ♪きっとあたし、ユウヤに恋してるんだ。
部屋に戻ると、携帯にリツから不在着信があった。
あたしは、興奮して折り返し電話を掛けた。
「リツ?手紙届いた?」
「うんうん!華のところにもだったんだね!」
リツはいつもよりもでかい声で話した。
「もう超感激!」
ママが早くお風呂に入りなさいと、ドアをノックした。
「あ…ごめん。また明日!学校に手紙持ってきてね。何が書いてるか見せ合いっこしよ♪」
あたしは早口でリツに言った。
「うん。じゃあまた明日ね。」
はーい!今入るー!あたしは大きな声でママに返事をした。
トーフがあたしのベッドの上で丸くなっていた。
「トーフ…聞いて♪ユウヤから手紙貰っちゃったぁ。とっても嬉しい。」
――― にゃぁーーーん。
トーフは、ゆっくりと起き上がり、体を弓状に曲げて、大きな伸びをした。
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