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仲良し3人組?!
――― 週末。
空が、家にやってくる日。
…よりに寄って、家族全員が居る日に来なくたって良いじゃん。
どこかの有名なチョコレートケーキならしい。
「あらぁ。デ●ルのザッハトルテ!わたし大好きなの♪…わざわざありがとう。」
すぐに、ママの心を鷲掴み。
空は嬉しそうなママを横目に、あたしに意地悪な笑みをよこす。
…いちいち笑わないでよ。
「お邪魔します。」
(なぁーに 好青年ぶってんの?)
ママが背中を向けた瞬間、聞こえないぐらいの小さな声で囁くと、空はあたしを小突いた。
…ふざけんな。
あたしは、空のズボンの上から足を目いっぱい抓ってやった。
「いっ…。」
ママが振り返りどうしたの?とあたしに聞いた。
「空のズボンにゴミがついてたの。」
あらそう…と言ってママはリビングに空を案内した。
ダディもパパもお休みで、ゆっくりと静かに何かの文献を読んでいる。休みの日のいつもの光景。
「こんにちは。」
空が、静かに挨拶をすると、ふたりともいらっしゃいと微笑んだ。
ダディは、さっきからあたしの顔を観察している。
…なんか嫌だ。
空がパパと話している間、あたしはダディの隣へちょこんと座る。
「ダディは何でさっきから、あたしの顔ばかり見るの?」
華ちゃんの眉間に、皺が寄ってるからだよと笑いながら、あたしの眉間を押さえた。
「怒っている時の顔もトウコさんにそっくりだから。でも、空さんって悪い子じゃ無いと思うなぁ。」
…ほら。また騙されてる。
「ダディまでそんなこと言って…。あたしのいう事を信じないのね。」
今日だって出来るだけ早く帰ってほしいのに、パパは楽しそうに話しているし、ママだって何気に空の事は高評価。
「トーフ見せたら、早く帰って貰おっと。」
あたしは、気まずいので、真啓もお願いして来て貰う事にしてあった。
真啓は大人しいけれど、いつもあたしを助けてくれる。今回も、そんなわけで助けてくれた。
(あと10分ぐらいで、華ちゃんの家に着きます。)
メールの着信音が鳴った。
「ママ、真啓くん もうすぐ来るって。」
あたしは嬉しそうにいうと、空が意地悪く笑った。
夏が部屋から出て来た。
「あ…空 久しぶり♪」
…なんかここも仲がよさそう。いつの間に?
あたしはほっといて、トーフを探すことにした。
「トーフ!トーフ!どこにいるの?」
大抵、にゃあって返事をして出てくる筈なんだけど、昼間はどこかで寝ているらしい。
「乾燥機の上じゃない?それか、華さんの部屋か…。」
ママは、キッチンで紅茶を煎れていた。
…さっきあたしの部屋には居なかったから、乾燥機の上だ。
トーフ専用の枕をパパが買ってきてくれて、その上で丸くなって寝ていた。
「トーフ…いつも話してる嫌なヤツが来てるの。あなたのことを見せるって約束しちゃったの。寝てるのにごめんね。」
トーフは昼間は殆ど寝ている。抱っこしても揺すっても起きないので、一度心配になって獣医さんに見せたことがあったが、健康優良の、ただの”ねぼすけネコ”だと笑われた。
「よいしょっと。」
あたしはクッションごとトーフをリビングへと運んだ。
「はい。この子がトーフです。昼間は死んだように眠ってるの。」
あたしは床にそっと静かにトーフを置いた。空はじっとトーフを眺めていたかと思うと、抱き上げて頭を撫でた。くったりとまるでされるがままのトーフ。
「凄いなコイツ…ホントに爆睡じゃん。」
空が、傍に来てトーフに触れて笑った。
―――― ピンポーン。
あ…真啓だ♪
あたしは、慌てて玄関へと向かった。
「いらっしゃい♪」
真啓もお土産を持って来てくれた。あたしが大好きな、えびせんべいゆ●り♪
「真啓さん…いつもどうもありがとうね。」
あたしもママもお礼を言った。
「こればっかりですみません。」
真啓はそう言うけれど、あたしが大好きなことを知っていて、わざわざ買ってきてくれる。
真啓は、ピアノのレッスンの帰りに寄ってくれた。
「ゴメンね…でも来てくれて、ありがとう。本当に助かるの。」
あたしは小さな声で真啓に囁くと、気にしないで、僕も楽しみだったから…と、優しく笑った。
リビングへ来ると、真啓は空に、やぁと挨拶をした。
「夏…ちょっとピアノ貸してくれる?なぁ真啓。来て早々悪いんだけどさ、楽譜持ってきたんだけど、ちょっと弾いてもらいたいんだ。この間言ってたヤツ。」
…何で、空がうちにピアノがあることを知ってるの?
あたしが不服そうな顔をしていると、真啓が来ることも、ピアノがあることもどうやら夏が空に話していたらしい。
…おしゃべりめっ!!
「華ちゃんのお父さん。ピアノをちょっとお借りします。」
真啓は、パパに声を掛けるとどうぞと優しく言った。3人はぞろぞろとピアノがある部屋へ行った。
「なんかうちが集合場所みたいになってるじゃない。もうっ!真啓くんまで…。」
あれ?真啓くんって呼ぶようになったんだね。とダディが笑うと、リビングに座っていたパパが、ちらりとあたしを見た。
「違うの…伏見くんって呼んでたら、なんか他人行儀だからって。」
あたしはパパが心配しないように、慌てて弁解。すぐに真啓の柔らかなピアノの音が聞こえ始めた。
「あら。クラシックじゃないのねぇ。珍しい。相変わらず真啓さんは上手だわ。初見で弾けちゃうんだから凄いわよね~♪男の子も、ピアノ弾けたら素敵よね。」
ママは、キッチンでパパにお茶を煎れていた。その曲は少し寂し気で切なく甘いメロディだった。
「なんて曲かしらねえ。」
あたしはママの独り言に付き合いながら、空が持ってきたケーキを切ったりお手伝い。真啓がクラッシック以外を弾いているのを聞いたことが無いあたしは、紅茶とザッハトルテを運びながら部屋を覗きに行った。
「ふたりの御持たせで悪いけど♪はいこれ。」
あたしは小さなテーブルの上にケーキをそっと置いた。
「誰の曲?聞いたこと無いけど、寂しそうで心に残る素敵な曲ね。」
今まで聞いたことの無いメロディ。
「空が作ったんだって。」
夏がふたりの会話を聞きながら、あたしに教えてくれた。
「えっ…空が作ったの?ひねくれ者が、こんな素敵な曲を書くなんて信じられない。」
「煩い。こっちは忙しいんだ!鼻たれ。」
…また憎まれ口を言った。
「何よ偉そうに。」
真啓が、まあまあとあたしたちを止めた。
夏は床に座りながら紅茶を飲み、ケーキを食べ始めた。
「おっ…アプリコットジャムが入ってる。これめっちゃ美味いなぁ。」
あっという間に一切れ食べてしまい、俺のも食って良いよと空が笑った。
真啓がピアノを弾いて、大きな空がピアノの傍に立って楽しそうに話をしている。
空も、あんな風に笑うんだ。あたしは空の顔を眺めていた。
「ここは、転調しないで、このまま弾いた方が自然じゃない?こんな感じで…。あとここのリズムなんだけど、こう?それともこっち?」
真啓が即興で弾くと、空が楽譜をすぐに直した。
「あぁ。そうだなそのまんまの方が良いな。もう一回弾いてくれ。覚えるから。」
空が、真剣な顔をしながら譜面を見てサラサラと書き足していった。
「空くん凄いね。譜面をそんな早く書けるなんて。僕は弾くだけだから驚いたよ。」
真啓が、空が書き起こした譜面を見て、もう一度弾いた。
「音がクリアになった感じがする。真啓ありがとう♪スマホで録音させて貰っても良い?」
「うん。良いけど、なんかそういわれると恥ずかしいね。やっぱりポップスは難しいよ。」
真啓は、照れて頭を掻いた。
「いや…お前のピアノの腕は大したもんだよ。凄ぇよ。」
…空でも人の事を褒めるんだ。
「それにしてもこんな曲が書けちゃうなんて…その方が、僕よりもずっとずっと凄いよ。」
「学校で暇があるときにまた作って来たらちょっと弾いてくれるか?」
「うん♪勿論だよ。」
おい…紅茶冷めちゃうぞと、2切れ目のケーキをとっくに食べ終わった夏が言った。
「そうだ…CD貸してくれよ。」
空が夏に言った。
「別に良いけど、クラッシックなら、真啓の家の方が凄いよ。」
皆でワイワイと音楽の話をしながらケーキを食べた。
「真啓くんは、今どんな練習曲を弾いてるの?譜面見せて♪」
真啓がゴソゴソとレッスン・バッグの中から出した楽譜をあたしは覗く。音符がびっしりで、真っ黒な譜面。
「うん。良いよ。でも最近は、ちょっと行き詰まってしまって…。」
空が覗き込んだので、綺麗な顔が目の前に来て、あたしはちょっと驚いて後ずさった。
「すげぇな。おい。なんじゃこれ?」
空が、あたしの手から楽譜を奪うとしげしげと眺めていた。
「じゃぁ、前みたいにまた家にくれば良いじゃない?環境が変われば、気分も変わるかも知れないわよ。」
「華は、ただ真啓のピアノが聞きたいだけだろう?」
夏が笑った。
「あ…バレちゃった?今日も何か弾いてくれない?ちょっと待っててね。」
あたしは自分の部屋へ行き、すぐに戻って来た。
「お前…馬鹿じゃね?昼寝かよ。」
あたしは枕と毛布を持ってきた。空を無視してピアノの下に潜り込んだ。
「華ちゃんは、ああやって聞くのが好きなんだよ。」
真啓が笑った。
「お前変わってるな…。」
「煩いわね...偏屈な空に言われたくない。」
あたしは大きな枕をボフッと叩いた。
…これで準備万端♪
「煩くねーのかよ?」
空はあたしが本気でピアノの下に転がって、毛布に包まったので呆れた。
「お腹に響いて気持ちが良いの。」
真啓が弾きはじめると、お腹の底に響くような深い音がした。
…真啓のピアノは、全然煩くなんて無い。
あたしは目を閉じてその振動を楽しんだ。空が隣にやってきて頭だけ突っ込んで音を静かに聞いていた。
「あ…思ったよりも悪くないかも・・・・確かにお腹に響くし良い感じだな。」
真啓が題名の判らない曲を沢山弾いてくれた。
「華ちゃん…もうこれぐらいで良い?」
真啓は30分程弾いていたらしい。ピアノを弾く手を止めてあたしに聞いた。
「おい…華。」
空が、あたしの顔を覗き込み呆れた。
「マジかよ…信じられねぇ。寝てやがる…。」
真啓も覗き込んで本当だと言って笑った。夏が、いつものことだよとパパを呼びに行った。
「華ちゃんは一度寝ちゃうと、なかなか起きないんだよ。」
真啓は、ゆ●りを静かに食べながら、紅茶を飲んだ。
「何だよ…トーフと同じじゃねーか。」
空が呆れると、その場にいた皆が笑った。
夏と一緒にパパがやって来て、あたしを抱えて寝室へと連れて行ってくれたと後から皆が教えてくれた。
「あら…あの子に夕飯作るの手伝って貰おうと思ってたのに…。」
真啓は大抵うちに来ると、ママに捕まって夕飯をほぼ強制的に食べさせられる。
真啓のママやお手伝いさんよりも、うちのママのご飯が美味しいから僕は嬉しいけどと、いつも笑った。
「空さんもっ!この間は黙って帰っちゃって。全く…今日は逃がさないわよ。ご飯食べてってもらうからねっ。」
ママは、張り切っていた。
「うん。遠慮しなくて良いよ。あの人の作るご飯は、割と美味しいから。」
パパが夏のことをちらりと見た。結局、真啓と空がパパの相手をして音楽の話などで盛り上がった。
飽きた夏は、ダディと何かを話していた。
「あなたたちいっぱい食べるんでしょう?男の子ばかりだから、お肉とか揚げ物とかが良いかしらね?」
誰もまだ返事をしていないのに、ママはそう言いながらキッチンへと戻った。
トーコさんはいつもそうですから気にしないで下さいとパパが笑った。
「あっ…俺手伝います。」
空は、ママの後に続いてキッチンへと入った。
「あら座ってて良いのよ~。」
ママは言ったが、空はポテトサラダ用の茹でたてのジャガイモの皮を手際良く剥いた。
「空さんはお料理するの?」
「ええ…イギリスにいた時には良く自炊してました。あちらの食べ物が、どうも好きになれなくて。」
ママの隣に並んで、話をしながら手伝った。
「華ちゃんも、夏さんも料理は全然しないのよ。空さんを見習って欲しいわね。本当に偉いわ~。」
ママは、空の大きな背中をバシバシと叩いたので、空がよろけた。
「夏のお…お母さん。い…痛い…です。」
「あら嫌だぁ♪お母さんなんて…トーコって呼んでください。」
――― バシバシッ。
「あ…だから…痛い…です。トーコさ…ん。」
空も、ママにはタジタジだ。
ママはマッシャーを空に渡した。
「ポテトサラダは、作った事ある?」
唐揚げの下ごしらえをするママの手つきをじっと空は見つめた。
「ええ…まぁ。」
「はい。じゃぁお願いしちゃう♪」
これ見本の切り方ね…と言うと,さっさと人参と胡瓜とパプリカを切って見せた。
後は、ピクルスを少し入れるんだけど、細かく切ってねとママの説明はいつも素早い。
「はい。」
空は、綺麗に切り始めた。
「あら~あなた筋が良いわねぇ。料理ってね,誰にも出来そうで、センスがいるのよ。」
真啓は、パパの部屋で話をしていたが、ダイニングへと戻って来ると慌てママに声を掛けた。
「あっ…気が付かなくてすみません。僕も手伝います。」
真啓が、キッチンへやってきた。
「真啓さんは、手を怪我したらピアノが弾けなくなるから駄目よ。その代わりテーブルの上にお皿を出しといてくれる?」
「はい。わかりました。」
真啓は、嬉しそうに手伝った。
家にはお手伝いさんが居るし、したくても何もさせて貰えないと寂しそうにママに話した。
「今時の男の子はね、女の子と同じぐらい料理が作れないと駄目よ?」
ママがキッチンから大きな声で言うと、ダイニングに座ってたパパが耳が痛いですと苦笑した。
「Mom!空を…こき使うなんて。」
部屋から出て来た夏は、慌ててごめんなと空に謝った。
「俺は大丈夫だよ。結構楽しい♪」
空は、にっと笑って見せた。
「嫌だったら嫌って言わないと,この人は何でもさせるから。気をつけた方が良いよ。」
揚げ物の音が響く中で、夏は小声で空に囁いた。
「うん…最初はびっくりしたけど。華に似て面白いお母さんだな。おっとトーコさん…だった。」
夏と話している間に、あっという間に空は切り終わってしまった。
「あとは大丈夫だから…ふたりともお手伝いありがとう♪もうすぐだからそれまで、好きな本でもDVDでも、CDでも聴いてて。」
ママ は、リビング奥の部屋を指差した。空はその部屋へとゆっくりと歩いて行った。
そこはオーディオルームで音楽を聴いたり、映画を観たりする。その奥は図書室の様になっていて、本がびっしりと並ぶ。
「凄いな…。」
空も思わず、声を出した。
パパがあたし達に読んで欲しい本や、医学書,文献,漫画まであった。
「良かったら好きな本を持っていって下さい。返すのは、いつでも良いですから。」
手伝いを終えて戻って来た真啓と、おしゃべりをしていたパパがダイニングから空に声を掛けた。
「はい。ありがとうございます。」
空は、分厚い西洋音楽史と、ピーター•バークホルダーが書いた A History of Western Music を手に取った。
ママが手を拭きながらやってきた。
「あ…それね、大学の教科書なの。良かったら読んでみると良いわ。空さんは、音楽が好きなの?」
「ええ…まぁ。」
「そう♪だからなのねぇ。真啓さんとも仲が良いのは。彼のお母様は,ピアニストで彼もピアノがとっても上手なのよ。」
ママはニコニコしながら空に微笑んだ。
「凄く美人で可愛らしいんだよ…ね。」
夏はパパに了承を求めると、ええ…そうですねとママをちらりと見てから気の無い返事をした。
「あらそうなの?だからガクさんは、良くコンサートへ行くのね。」
「あなたって人は…そんなことはありません。夏さんも余計な事を言わなくて宜しい。」
眉を顰め夏を窘めるパパを見て、
ダディがリビングで笑った。
「今度ご挨拶させて頂かないと。真啓さんのお母様ですもの、きっと良い方ね。」
ママがキッチンへと戻って行くのを見届けてから、パパは夏に囁いた。
「僕は、トーコさんに余計な心配を掛けさせたく無いんです。」
「内緒にした方が心配かけると思うけど?疚しいことが無ければ言えるんじゃない?」
夏がさらりと言ってのけると確かにとダディがまた笑った。
パパは大きなため息をついた。
「疚しいことが無くても、心配は掛けたくないんです。」
空と真啓は、夏の部屋で夕食までゲームをしていた。
「それは、パパに前科があるからでしょう?だからママはアメリカに僕たちと住んだんでしょう?」
夏が少し意地悪く笑ったその顔は、パパにそっくりだった。
いつの間にかママがキッチンから戻って来ていた。
「夏?…誰にそのことを聞いたの?」
ママが呼び捨てで呼ぶときは、怒っている時だ。
「そんなこと教えてくれる人は一人しか居ないじゃない。春さんだよ。」
目の前に出て来た糠漬けを、夏は摘まんで部屋へと戻って行った。
「全く…お母さんにも困ったものだわ。私は信じてるから、大丈夫よ。ガクさん。」
少し不機嫌になったパパの膝に乗って、顔を自分の方に向けると、ママはパパの首に手を回しキスをした。
「最近、夏さんはどうも扱いが難しいですね。」
「もうそういう年頃なのよ。華ちゃんが、あの歳でガクさんと静さんにべったりな方がおかしいのよ。いつまでも子供過ぎて、あの子の方が心配だわ。」
ママはあたしの寝室のドアを見た。
「華ちゃんは、いつまでもあのままで良いんです。」
パパの顔が緩んだ。
「あら…ちょっとそれキモいわ…。普通なら、パパの入った後のお風呂に入るのなんて嫌!とか、洗濯物を一緒に洗わないで!とかパパ臭い!とかって、言っててもおかしくない年齢よ?」
パパは大きな目を見開き絶句。
「普通は、中学生ぐらいになったら、一緒にお買い物なんていかないし、手を繋いで歩いたりなんてしないわよ?」
「僕はそんなこと言われたらショックで寝込んじゃうかも。」
ダディが寂しそうな顔をしてリビングからダイニングへやって来て椅子に座った。
パパは、何も言わず考えて居た。
「やっぱり…女の子の方が男の子に比べて、目に見えて酷いのかも知れませんね。」
パパは、とても悲しそうだった。
「子供達が嫌っても、私は、あなた達二人を愛してるわ。」
ママはパパの顔にキスをして、そしてダディにもキスをせがんだ。これは我が家では当たり前にある日常だ。
「あなたと華ちゃんのこととは違うんです。」
パパがきっぱり言うと、ママはパパの膝の上から降りて呆れた。
「まぁ。ガクさんこそ、子離れが難しそうね。これは華さんに彼氏が出来たり、お嫁に行くときには大変だわ。」
ママはみそ汁の良い香りが漂うキッチンへと笑いながら戻って行った。
「彼氏なんて碌なもんじゃないんですから、華ちゃんにはそんな話早すぎます…全く何を言ってるんですかあなたは…。」
ダディが、声をあげて笑った。
「若気の至りが多すぎる人が、おっしゃると本当に説得力がありますこと。」
ママは、パパを苛立たせることにかけては天才だ。
「わははは…確かに。だからこそ気持ちが良く判るんじゃないの?」
ダディが追い打ちを掛けた。
「もうこの話はおしまいですっ。まったく…。」
ママがダディにおどけた顔をすると、ダディは声を出して笑ったので、パパに睨まれた。
「夏。食事が出来たわよ。」
ママが夏の部屋のドアをノックした。すぐにドアが開き、3人がゾロゾロと出て来た。
「華ちゃんのお母さん…相変わらずとっても良い香りです。」
真啓が笑った。
「ちょっと華さんのお母さんなんてやめてよ。トーコと呼んでね。」
パパがちらりとママを見たので何よ?とママが言ったので、僕は何も言ってませんよ?と静かに答えた。
ダディは、大皿をキッチンからダイニングへと運んた。
「だって…嫌じゃない?どうも私は慣れないのよ…●●ちゃんのお母さんとか言われるの。名前がちゃんとあるのに。」
ママは大きな皿から唐揚げを一つ摘み、美味しいわと言って再び戻って行った。
「なんか…年上の女性を名前で呼ぶなんて…僕はなんだか、恥ずかしい気がします。」
真啓がキッチンから皆のご飯を運びながら言った。
「俺は良いと思う…だって付属物では無いんだ。自分の妻でも“お母さん”って呼ぶ感覚の方が判らない。」
空は自分が作ったポテトサラダを運びながら真啓に言った。
「あ…華を起こしてくる。」
夏が席を立ちあたしの寝室へと向かった。
「あら駄目よ…あの子一度寝ちゃったら起きないわよ?」
ママがダイニングから顔を覗かせて、夏に言った。
「うん。判ってる。だけど、真啓が来てるのに、そのまま寝かして置いたら、後で何で起こしてくれなかったのっ?って絶対煩いよ。」
夏は、あたしの寝室のドアをノックしながらママに言った。
パパとダディはちらりと真啓を見ると、真啓は真っ赤な顔をして俯いてしまったので、ダディが笑った。
「華ちゃんはね…真啓さんの事が好きなんだよ。」
パパが、それを聞いてお茶を咽た。
「でも、それが友達として好きなのか…どうなのかよく分からないみたい。だから、真啓さん華ちゃんのことを宜しくね。」
ダディが優しく笑うと,真啓はやっと顔をあげ小さく頷いた。
「おい…夕飯出来たよ。起きろ…華。真啓帰っちゃうぞ?」
夏は容赦なくあたしの肩を掴み、グラグラと揺らした。
…真啓…って…何だっけ。
あたしはハッとして慌てて飛び起きた。
夏が笑いながらママに華起きたよと大きな声で言った。
一瞬あたしは頭が混乱して、自分がどこに居るのか分からなくなった。
「お前…真啓のピアノ聞きながらまた寝ちゃったんだよ。」
ゴシゴシと目を擦るあたしに向かって夏は呆れた。
「そんなんでコンサートとか大丈夫か?そう言えば華は、クラッシックのコンサートの時は、すぐにウトウトしてるもんな。」
あたしは大きな欠伸をひとつして寝室を出た。
「ちょっと顔を洗って来るね。」
煌々としたダイニングの光があたしの眼を刺したが、薄暗い洗面所へと向かった。
「華ちゃん…おはよう。」
真啓が洗面所から戻ったあたしを見て笑った。
皆既に席に付いてあたしが来るのを待っていたようだ。
――― グーッ。
「何だ?」「華…それ腹の音?」
夏と空が笑った。あたしは慌てて自分のお腹を抑えた。
――― グーッ。
ダディもパパも笑った。
「お腹空いたでしょう?さぁ早く食べましょう。」
ママが、あたしの頭にキスをすると肩をポンポンと叩いた。
あたしは空と向かい合わせに座った。空がまたあたしを馬鹿にしたように笑った。
「空さんは、華ちゃんの喧嘩相手だそうですね。」
パパが、梅干をご飯に乗せ乍ら言った。
「ええ…華を見てると面白くって。」
空がよそ行き笑顔を作りながら答えた。
あたしが何か言おうとすると、ダディが小さく顔を横に振った。
「華ちゃん真面目で、からかうと面白いものね。」
ママが空が手伝ったポテトサラダをサーバー・スプーンで掬いながら笑った。
「…でも余り華ちゃんのことを虐めないで下さいね。」
パパが半分本気、半分冗談で空を見て静かに言った。
「違うよ。華は過剰に反応しすぎるんだよ。」
夏が、空の弁護にあたった。
…そんなこと知りもしないくせに。
あたしが、眉を顰めたのを見てダディはママから小皿を受け取りながら笑った。
「そうだ。伏見君のママのコンサートの後、真啓とご飯を食べに行きたいの。良いでしょう?次の日は学校も休みだし。」
あたしは、この話題を終わりにしたかった。
「僕、家まで華ちゃんを送りますから。」
真啓がきちんと姿勢を正して、ダディとパパに向かって言った。
「真啓さんと一緒なら安心ね♪ゆっくりしていらっしゃい。」
ママは、パパが答える前にあたしに向かって言った。
「うん♪」
「この間の様に、怪我をしないように気をつけるんですよ。遅くなるのだったら、必ず電話をなさい。」
パパが少し寂しそうな顔をしたのを見て、ダディが笑っていた。
食後も皆で学校の話や、好きな事について話をした。いつもならそろそろ起きて来る筈のトーフがいつまで経っても起きてこなかった。
あたしは、トーフを抱えてソファに座り皆の話を聞いて居た。トーフのピンク色の耳が好き。
ついつい匂いを嗅いでしまう。
空がそれを見て笑った。
「何よ…だってとっても良いにおいがするのよ?」
隣に居たダディがトーフの頭をクンクンと嗅いだ。
「ねっ♪良いにおいでしょう?」
トーフの肉球をぷにぷにしながら言った。
「うーん…猫だ。ネコの匂い。」
パパが、声を出して笑った。
「ちょっとっ!ダディ鼻が悪いんじゃない?ちゃんと良く嗅いでみてよ。」
あたしは、トーフの肉球のかおりを嗅いでから、パパに、ニュッと肉球を見せた。
「…僕には良く分かりませんね。」
パパが笑った。
あたしは、何度も嗅いだ。
…ほら。やっぱり良い匂い。
「うーん…うーん。何て言うか…やっぱりネコの匂いだ。」
ダディは少し困って、申し訳なさそうにあたしにいった。
「華さんは、親ばかならぬ、猫ばかですね。」
パパがまた笑うと、生粋の親ばかに言われても、全く説得力が無いわね…とママが笑った。
「なんか…あいつって大切にされてるのな…。」
あたしたちのやり取りを見て、空がボソッと呟いた。
「俺より、この家じゃ華の方が絶対大切にされてると思う。」
夏が、静かに言った。
「そんなこと無いと思うよ。夏だって大切にされてるじゃない。」
真啓が至って真面目に夏に向かって言った。
「大切にされてる奴ほど、そのことに気が付かないんだよな。」
「うん…そーゆーもんかも知れないね。」
真啓は、ふたりの会話を黙って静かに聞きながら、あたしとダディがじゃれ合う姿を眺めていた。
「あ…こんな遅くまで…僕そろそろ帰ります。」
真啓が、時計を見て慌てた。
9時を少し回ったところだった。
「いつも済みません。居心地が良いものでついつい…。」
「あら…そんなこと良いわよ。なんなら家に泊まっていらっしゃいな。」
ママがいつもの調子で言うと、パパは、お気に入りの真啓と話したりなかったのか、そうすれば良いじゃないですかと意見があった。
「でも…。」
「明日はお休みで何も無いんでしょう?服は夏さんのもあるんだし…。」
「ええ…。」
真啓が家に泊まる♪それだけであたしは嬉しかった。
「じゃぁちょっと待っててね…今お家に電話してあげるから。」
ママは、さっさと真啓の家に電話を掛けた。
「Mom!真啓は泊まるってまだ言ってないよ!」
夏が大きな声で叫んだ。
「僕の家は…母も父も忙しいし、家に帰っても大抵、弟と妹、お手伝いさんだけだから嬉しいよ。」
真啓は、ボソっと寂しそうに言った。
…やっぱり 真啓は寂しいのかな。
あたしが真啓の顔をじっと見ているのに気が付くと、いつものにっこりとした笑顔になった。
「空くんも、もし良ければ泊まっていきなさい。」
パパが、ニコニコ顔で言った。
「えーっ。」
あたしが思わず声をあげた。
「真啓の時とは、えらい違いだな。」
空が、意地悪そうにボソッとあたしをみて言った。
「当たり前じゃ無い!だれが…。」
喧嘩が始まりそうになったけど、空はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「いえ…大丈夫です。ではそろそろ帰ります。」
空は、荷物を纏め始めた。
「僕が家まで送るよ。」
ダディが、車の鍵を持った。
「いえ…結構です。」
「男の子だと言っても、ご家族の方が心配するでしょう?」
ダディは、気にすることは無いよと優しい笑顔を浮かべた。
「あ…では、迎えをここに呼びますから…。」
空は、バッグからスマホを取り出すとすぐに電話を掛けた。
「あ…俺。おじさん?悪いけど、迎えに来てほしいんだ。住所は…。うん。宜しく。」
空は、すぐに電話を切った。
「叔父が、迎えに来てくれます。」
お気遣いありがとうございますとお礼を言った。
「そう…残念だわね。」
ママが寂しそうに言ったが、真啓に向かって好きなもの明日の朝は作ってあげるから何食べたい?と聞いた。
今食べたばかりでしょう?とパパが笑った。
「真啓…またそのうち楽譜見てくれ。」
空が、ママに捕まった真啓に声を掛けた。
「うん。勿論だよ♪僕も楽しかった。」
そこに夏が加わり、男3人で再び会話が始まった。
ママが、リビングへ戻って来て3人を眺めながら言った。
「素敵な3人組ねぇ。惚れ惚れしちゃうわ♪でも夏さんが一番可愛いわね。」
…ママも立派な親ばかじゃ無い。
あたしが呆れた顔をすると、親なんてみんなそんなもんだよとダディが笑った。
―――ピンポーン。
ママがインターフォンに出ると空の迎えだった。
「黒田と申しますが、空がお世話になりました。」
どうぞ上がって来て下さいとママがエントランスを開けた。
「じゃぁ俺はこれで…。」
空が玄関へ行こうとするとママが止めた。
「あっ…ちょっと待って、お家の方が良く留守にされるって言ってたから、残り物で悪いけど、ご飯持って来なさい…ねっ?」
夏がまた始まったよと嫌そうな顔をした。
「何よ…ご飯って大事よ?空くん持って帰るわよね?」
…そんな風に言われたら断れない。
あたしもママの強引さに笑った。
「はい♪頂いていきます。」
空は満面の笑みで答えると、ママは嬉しそうにいそいそと残り物をタッパーに入れ始めた。
「お前は…あれだけど、トーコさんの飯は好き♪」
誰も傍に居ないことを良いことに、空が言った。
「何よ…あれって。」
玄関のチャイムが鳴ったのであたしは、慌ててドアを開けた。
「こんばんは。空がお世話になりまして…。」
黒田は、おじさんというのには、少し若すぎる気がした。
しかも身に着けているスーツは、かっちりとはしているが、会社勤めとも違う。
統一感があり、おしゃれが見え隠れするような印象を受けた。
「あれ…?あたし…どこかでお会いしませんでしたっけ?」
あたしはその顔に見覚えがあった。
空と黒田は一瞬お互いを見つめあったが、お嬢さんにお会いするのは初めてですよと、優しい笑顔を浮かべた。
「いや…でも…。」
あたしが言いかけると
「お前の頭…じゃなかった目が悪いんじゃね?おじさんが知らねーって言ってんだから知らねーんだよ。馬鹿。」
空は黒田の前ではいつもの調子だった。
「こら…そ…空。口が悪いぞ。」
「うっせーよ。」
空の整った顔に一瞬にして怒りが浮かんで、あたしは驚いた。
それを見て空はハッとしたのか、それ以上は何も言わなかった。
「はい~♪お待たせしました。これ。冷凍にすれば長く持つからね。」
「ちょっと…これ一体何人分よ?」
あたしは、呆れた。大きなタッパー2~3個にぎっしりとおかずが入っていた。
空もその多さに思わず苦笑したが、ありがとうございますとお礼を言った。
「空くんまた学校でね。」
真啓が、顔を出した。
「おお♪じゃ…またなっ。ごちそうさまでした。」
そう言って空は玄関を出て行った。
真啓と、おしゃべりしたかったけれど、パパと長い間話した後は、夏の部屋へと行ってしまったので、話す機会が無くて、ちょっと残念だった。
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