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空の秘密
家を出ると、どんどんと歩き黒田が、俺はその後を追いかけた。
ふたりでエレベーターに乗り込む。
「私が“おじさん”ねぇ。」
俺は、何も答えなかった。
「…あの子の家に行くために、仕事をドタキャン?」
「うっせーよ。」
「コンサートで、怪我をしてた子?」
エレベーターは、小さな振動をしながら1階へと降りて行った。
「珍しくファンレターに返事を書いたりして…。」
黒田は、ひとりでしゃべり続けた。
「…。」
「ファンの子に手を出してはいけませんよ。」
「ちげーよ…同じクラスの子だよ。」
俺は、エレベーターの手すりに、寄りかかりながら、カチカチと爪で、音を立てた。
「ファンでも、あなたの事が判らないなんて…。」
黒田が、クスクスと笑ったのも、ちょっとむかつく。
「それにしても…とっても可愛い子でしたね。私はお母さんの方が好み♪」
黒田は、話を続けた。
「うるせー。年増好き…少し黙れ。」
エレベーターを出ると、黒塗りの車が止まっていて、黒田がドアを開けるのを待たず、俺は、自分で開けて後部座席に乗り込んだ。
「あなたに友達がいるなんてねぇ…。」
黒田が、くっくっくっと笑って運転席に座った。
―――ドカッ。
俺は、運転席を蹴った。
「早く出せよ…。」
不機嫌な振りをしていても、つい口元に笑みが零れているのを、黒田はバックミラーで見てたので、慌てて窓の外を眺めた。
「明日は朝から予定がびっしりですから、覚悟してね。」
淡いスモークが張られた窓から、冷たい月を眺めていた。
♬*.:*¸¸
―――夢。
いつからか、夢を見るようになった。
知らない場所を、ふらふらと歩き、突然出て来た、強烈な光に、俺は身動きが取れなくなった。
瞬間、大きなブレーキ音。
…車!!…轢かれる。
あの人が、慌てた顔で、車から降りてくる。
そして、アイツの声。
(ママ。お化けの正体が判ったよ。)
大きな目に、可愛らしくて、柔らかそうな唇、その小さな胸に抱かれると、アイツの心臓の音が聞こえる。覗き込んだふたつの顔は、そっくりだった。
(大丈夫です…。)
声を出したつもりだった。
――― ニャァ。
…何だよ今の?
(おい。)
――― ニャァ。
…俺の声?ってちょっと待て。
「もう飛び出しちゃ駄目だよ…。」
アイツは、俺を道の隅に置き、車に乗ると走り去った。
水たまりに映った俺は…猫。
…そうか…これは夢。
家々のブロック塀の上を歩き、屋根に上り、長い間月を眺めていた。その美しさに曲が浮かんだ。
…が、俺って今…猫なのか。
曲のイメージを、忘れないように口ずさんだ。
…目が覚めたら、すぐに書こう。
こんなリアリティに溢れた夢は、初めてだ。
アイツの黒い車が、すぐ近くの、大きなマンションの中に入ったのが見える。
俺は屋根伝いに、マンションまで行ってみた。
エントランスのドアの陰に隠れて、待つ。
アイツと、母親が車から荷物を持って、出て来た。
「パパ達、帰って来てるかしら?」
あの人が、部屋のチャイムを押した。
…3010。
「あれ?まだ帰って来てないみたい。」
エントランスの自動ドアが、開いた隙を狙って、後を付けた。
エレベーターを待つふたり。
…流石に一緒だとバレる。てか俺は何をしてるんだ?
――― パタン。
非常階段のドアが開いた。
「こんばんは。今お帰りですか?」
「あら管理人さんこんばんは。」
俺はするりと、観葉植物の裏から抜け出し、階段へ忍び込んだ。
…しまった。
30階まで時間を掛けて来たものの、またしても扉。暫く待つと誰かの話し声が聞こえた。
―――ニャァーッ。ニャァーッ。
ドアの陰から啼いた。
「ちょっと待って…なんか猫の声がする。」
男の声だ。
―――ギーッ。
「違うよ…本当に声が聞こえたんだよ。」
どうやら。スマホで話をしているようだった。扉が開いた瞬間、するりと入り込み、3010号室を目指す。
俺は、どうしてそうしたのか、分からない。
…そうしなくちゃいけない…。
強迫観念の様なものに駆られていた。
…苗字が三つ?どれがアイツの名前だ?
綺麗な金文字の部屋番号の下には、3つの苗字が、書かれていた。
さっきの高校生が、ドアの前にやって来た。
「あれ?お前どこから入って来たの?」
そう言って、俺をひょいと抱き上げた。
…男に抱かれる趣味はねぇんだけどな。
ドアが開き、アイツとあの人達が居た。
俺は床におろされると、慌ててアイツの所へ向かった。
「後で一緒にお風呂に入ろうねぇ♪」
…風呂…だと?俺がアイツと一緒に入るのか?
俺は思わずドキドキしたが、ただ俺を、風呂場に連れて行き、アイツは、洋服を着たまま、俺を洗った。
…ちっ…期待持たせやがって。
「出来るなら、あの人と、お風呂に入りたかったぜ。」
あの人は、コイツの母親だった…が、かなり若く見えた。
――― にぁー。にゃー。
「怖く無いよ~大丈夫だよ~。」
…にゃーにゃーしか俺…言えねーのか。
アイツは、俺に優しく声を掛けた。
風呂からあがり、ドライヤーを掛けられた。
温かくて気持ちが良くて、ウトウトし始めた。
…そ…。
…空
…おい。起きろ。こんなとこで風邪ひくぞ。
誰かが俺のことを呼んでいた。
俺はそこで目が覚めた。黒田だった。
「ああ…判った。」
曲を書いている間に、ソファでいつの間にか寝てしまったらしい。
重い体を起こし、寝室まで歩きベッドに倒れ込んだ。
再び俺は、またウトウトと微睡みの中へと戻った。
気が付くと、香水臭くない女の部屋のベッドの上に、寝かされていた。
…あーあ。 またあいつかよ。
ベラベラとまだしゃべっていた。
正しくは、俺に話しかけていたようだが、俺が寝てるのに話してるんだから、独り言だ。
…煩い。
それにしても、アイツはよくしゃべった。
「トーフ♪起きたのっ。一緒に寝よう♪」
アイツは俺を抱き上げ、くんくんと耳の匂いを嗅いで、自分の顔の傍に置いた。
「あー良いにおい♪君はあたしの家の子だからね。」
アイツはどうでも良い事を、ベラベラとしゃべり続けて居たが、突然静かになった。
…ん?…寝落ち?
そっと顔を近づけてみると、すーすーと寝息を立てている。
…マジで…寝たらしい。凄ぇな。
あいつの顔を、じっと見ていた。無邪気なその顔は、中学生ぐらいか?
…なんだよ。飼って貰うなら、もっと綺麗なお姉さんが良かった。
明日からは、コイツの母親の部屋で、寝ようと俺は心に決めた。
あの人に、何処かで会った気がする。だから、あの人の顔を見て、強迫的に後をつけた。
…おっぱいデカかったもんな。
静かに寝息を立てているアイツは、眉の少し上で切られた前髪のせいで、幼く見えた。
長いまつ毛に、形の良い鼻。真っ白な肌は、絹のようにすべすべで、ニキビひとつ無い。
…石鹸のにおいだ。
思わず、大きく息を吸い込んだ。
俺がいつも見る、ケバケバしく作られた女達とは、全く違って、自然で、それでもキラキラしてた。
美人じゃ無い…どちらかと言えば、虐めたくなる可愛らしい顔だ。
「あら…ゴロゴロ言ってるの?おいで。」
アイツの眼が突然開いて、俺を毛布の中に、引きずり込んだ。
…あわわわっ。流石にこころの準備が。
「寒いから一緒に寝よっ♪」
アイツに、ギュッと抱きしめられた。
…やっぱり…胸…ちいせぇな。
猫の俺は、その温かさで、いつの間にか、また寝てしまった。
朝、黒田に叩き起こされた。
「おい…空っ!学校には、ちゃんと行くんだぞ?お前の親父さんが、心配するし、俺は、お前を預かっているんだからな?」
黒田が学校の前で俺を下し、帰りも迎えに来ると言って去った。
変な夢はずっと続いていて、それも、いつもアイツの家だった。
家族構成や、好きなことも、何となく判って来た。夢って、続きをずっとみるもんかな?
担任に挨拶をして、教室へ向かう。
マジで驚いた。
…アイツだ…同じ年か。
チビだし、胸ないし、前髪短いし、絶対年下だと思ってた。
…てかあれは夢の筈だぞ?正夢?いいや…違うな。何だ?
(…80点。)
…聞こえたぞ。
お前らに、品定めされるのは、非常にムカつくんだよ。しかも、何だよアイツ学級委員なのか?なんかそれも意外だ。
おしゃべりで小動物みたいな奴が?まぁ学校から帰って来たら、勉強もしてるし、真面目なんだろうな。
…だが…俺を品定めするなんて、100万年早ぇ。
学校へ来るのは面倒だったが、友達も多い、アイツを、見ているのは楽しかった。
くるくる良く動く大きな目に、楽しそうに笑う口を、隠そうともしない。
学校でも、家でも、キャラが変わらないのが、不思議で仕方が無かった。
…お前…家でもしゃべって、ここでもしゃべって疲れない?
隣の席に座って、話を聞いて居ると面白かった。しかも、虐めるとムキになって、怒るところも。
…暫く飽きずに、楽しめそうだ。
「あのね…猫拾ったの。真っ白で可愛いからトーフって名前を付けたの。」
アイツは聞かなくても、ベラベラと親友のリツにしゃべったので、いとも簡単に情報収集が出来た。
…やっぱり夢じゃ無いのか?
♬*.:*¸¸
奇しくも偶然に、その日はやってきた。
「ダディ~。ちょっとトーフのこと抱っこしててくれない?爪が伸びちゃったの。」
アイツは俺を“ダディ”に抱かせた。
…何だよダディって…ガキかよ?
言われるがままに俺は抱かれた。
「華ちゃん。血管が赤く透けて見えるから、そこは切らないようにね。」
…マジか。お前が切るの?
馬鹿と何とかは、使いようっていうけ…。
―――フギャァッ!!
「あ…トーフ!!ゴメン。痛っ!」
予想通りの展開だった。
俺は思わず、アイツの手をひっかいて、ダディの腕から飛び出した。
「華ちゃん…僕がかわりに切るよ。」
血がポタポタと垂れ、俺は慌てて舐めた。
…痛ぇよ馬鹿。
「どうしよう…トーフごめんね。ごめんね。」
アイツは、半べそをかきながら、心配そうに俺を見つめた。
「よしよし…僕に見せてごらん。」
ダディは、俺を抱き上げて、指先をティッシュで、しっかり押さえた。
「慣れるまで僕が切ろうね。」
…はい…お願いします。そうして下さい。
「華ちゃん心配しなくても大丈夫。すぐに血は止まるから。」
アイツは俺が寝るまで、傍について、ゴメンねゴメンねと、謝り続けて居た。
――― 翌朝。
学校に来たアイツの手には、俺が引っ掻いた傷が出来ていた。やっぱり夢じゃ無いのか?
…ふーむ。
俺が寝ている時は、トーフはどうしているんだ?謎は深まるばかりだ。
♬*.:*¸¸
俺は、アイツの家族の奇妙な関係性に、すぐに気がついた。
ーーーー深夜。
ダディとあの人が、イチャコラしてた。
見ちゃいけね~とは、思ったが、やっぱあの人は、綺麗だった。
「静さん…愛してるわ。」
ダディと絡み合うあの人は、甘く囁き続けてて、見惚れてしまうほどだった。
「トウコさん。僕は、君のものだよ。」
歯の浮く様な甘い言葉も、美青年の様なダディが、微笑みながら囁くと、その破壊力は凄まじい。
…男の俺でも惚れてしまうだろ?!
あ…いや。今…俺は猫だった。
兎に角その艶かしい行為を、見せつけられても、何も出来ねぇ悲しさが募った。
…けど、ガン見はしとく。
優しく激しい行為の後で、暫くするとあの人は、身体にシーツを巻いた。
「静さんおやすみなさい…。」
あの人は、うつ伏せで、気力を使い果たしたダディに
キスをすると、隣の部屋へと移動した。
隣の部屋は、夏のお父さん”パパ“の部屋だ。
…え…まさかの?
「トウコさん…そこのドア開けといてください。僕疲れちゃったけど、声を聞いていたいから。」
息が整ったばかりのダディが、うつ伏せのままあの人に言った。
部屋の先には、巨大なベッド。
そして全裸のパパが、嬉しそうに待ち構えていた。
「トーコさん。いらっしゃい♩」
真面目な顔しか見た事のない”パパ“だったが、満面の笑顔で、あの人を迎え入れた。
「静さんに、あなたの甘い声を沢山聴かせてあげましょう♩」
絡み合う視線は、欲望でギラギラとしていた。
ベッドの上に大の字で横になるパパのそれは、Pr●nglesの容器ほどのデカさだ。
…やべぇ。
どんなもん食ってたら、そんな下半身デカくなるんだよ?
脳外科医って言ってたな。頭じゃ容量足りなくて、ちん⚫︎にも脳みそ詰まってんじゃね?
あの人は、小さな腰でそれをゆっくりと受け入れていく。
「ガクさん…。」
ふたりは恋人繋ぎで、手を繋いだまま、お互いを見つめ合っている。
あの人の腰は、滑らかにゆっくりと動き始めた。
「ああ…若い頃よりも、今のあなたのココの方が、柔らかくて僕にフィットする様な、気がします。」
ふたりが、動くたびにいやらしい粘着質な音が響く。
「産科医が、言ってましたよ。本当にセックスを堪能したいなら、若い子よりも経産婦だって。」
ダディが部屋の向こうでこちらをみながら言った。
…そう…なのか?
「でも…ガクさんは、若い子の方が良いわ…よね?」
あの人は、ちょっと意地悪く笑った。
「僕は、あなたに話す余裕を…与えてしまったみたいですね。」
パパは、ゆっくりと起き上がると、対面座位で、あの人の腰を密着させると、前後左右に揺さぶった。
「ああああ…。」
嬌声が、部屋に響いた。
「ガクさん…トウコさんをたっぷりと、愛してあげて下さい。」
ダディは、嬉しそうにみている。
「言われなくても、そーするつもりです。」
パパは、不敵な笑みを浮かべた。
「ああ…院長せんせ?お手柔ら…か…に。」
あの人は、欲望に溢れ蕩けそうな瞳で、パパを見つめた。
「今日は、研修医に色目を使ってましたからね。お仕置きをしないといけないと、思ってたところです。」
…ふ~む。若い研修医か…。
「そん…なこと…してない…わよ。」
「百戦錬磨のガクさんが、虜になるぐらいだから、研修医を誘惑するぐらい、トウコさんには、朝飯前でしょうね。」
ダディは、くすくすと笑った。
…なんなんだ?この3人の関係性は?!
「そーゆーあなただって、その1人でしょう?」
ダディが見易い様に、アングルを整え乍ら、あの人との行為を続けている。
…パパは”全裸巨根脳外科医“ってAV作ったらどうだ?
高校生よりも、激しい行為は、子供達が寝静まった深夜に、毎晩の様に開催されていた。
そしてこの人達のせいで、この後、何度も夢精を経験する羽目になった。
…バカ…。
♬*.:*¸¸
あたしはその日、朝から調子が悪かった。
「顔色悪いよ?大丈夫?」
リツが体育の授業中、心配してあたしに声を掛けて来た。
「うん…2日目だから…怠くって。」
大好きなバスケの授業。
男女に分かれてコートでそれぞれのチームが試合をしている。
あたしとリツは、冷え冷えとした体育館の隅で他の女子達と無駄話をしながら自分たちのチームの出番を待っていた。
「スポーツしてる男子って、3割増しに見えるよねぇ。」
体育座りをしていると、お尻から寒さが伝わってきて、余計にお腹が痛くなる。
2クラス合同で、授業が行われている。あたしたちのクラスと、夏と真啓が居るクラス。
「男子の方が、スピード感が女子とは違うよね。」
リツは男子のコートを眺めていた。
真啓も参加していたけれど、控えめにチームに居るだけだった。
体育教師も入学した時から、ほぼ将来は、ピアニスト確定の真啓には無理はさせない。
…痛み止め忘れちゃったんだよな。
空は同級生と話すが、何となく一人で居ることが多い。
夏と空の、グループ対決。
女子達の視線は、自然にこのふたりに集まる。
「きゃ~♪古水流くん 頑張って!」「小鳥遊くーん♪」
黄色い歓声で、耳が痛い。
「次っグループCとD。」
体育教師があたしたちの方を見て叫んだ。
「さっ…頑張ろう♪」
リツが、サッと立ち上がった…のに続き、あたしも、立ち上がった…つもりだったけど、周りが真っ暗になって、誰かの叫び声が聞こえた。
…あっと…なんか眩暈…?
―――― ゴンッ。
「先生っー!今泉さんが倒れました。」
体育教師が、慌ててあたしに掛け寄った。
「おい!今泉っ大丈夫かっ!!」
男子も女子も集まって来た。
「俺…保健室へ連れて行きます。」
誰かの声がして、体がふわっと宙に浮いた感じがした。
「おぉ…じゃぁ頼む…先生も後で様子を見に行くから。」
…ゆらゆら揺れて気持ちが良いな。
「あの…もう…だいじょ…。」
あたしは何とか重たい瞼を開けてお礼を言おうとした。
すぐ目の前には、空の整った顔があった。
「わっわわわっ!!」
あたしは慌てた。
「嫌だ!おろしてよ。」
あたしは空の腕の中で暴れた。
「おい馬鹿っ。暴れるのちょっと…待て…。」
ギュッと抱きしめられたあたしは余計に暴れた。
身体がふわっと浮いた次の瞬間、階段の踊り場の上に放り出された。
――― ゴンッ。
「いたたたた。」
あたしは、お尻を強かぶつけ、起き上がろうとした時に、空の顔が、あたしの数センチの所にあって、驚いた。
どうやら頭は。空の胸と腕に守られて、お尻だけ打ったらしい。
「階段だから…って言おうとしたのに…。」
…ってことは?さっきゴンッって言ったよね?
空は、そう言ったきり、動かなくなった。
「ちょっ…ちょっと。空?」
声を掛けたけど、ぴくりともしない。
「いやだ…どうしよう。」
あたしは、空の口に耳を近づけた。
…良かった。息はしてる。
「えっと…。」
首にそっと触れて見ると、ちゃんと拍動してた。
「そうだ!頭。動かしちゃいけないって言うけど…。」
あたしは、独り言をいいながら、恐々と空の頭に触った。
「血は…出て無い…良かった。」
…出てたりしたら、あたしも、倒れているところだ。
「どうしよう…どうしよう…。空?空っ大丈夫っ?!」
「くすっ…。」
…えっ?
「あははははは…バーカ。死んだふり。」
空が、ゆっくりと起き上った。
「いててて…マジ痛かった。お前さ…ぁ…。」
「空の馬鹿!!」
あたしは起き上がった空を突き飛ばした。
「…ったく。何だよ。助けてやった…の…に…。」
あたしは、いつの間にか、緊張が解けて、ポロポロと泣いていたらしい。
「心配…して…損した。こんな…時に…ふざけるなんて…。」
空は、汚れた制服を、パタパタと叩いて立ち上がった。
「歩けるか?薬貰いに行くんだろ?」
…えっ。
「どうせ食い過ぎて腹痛か、生理だろ?」
空は、へたり込んだあたしの腕を、掴んで立ち上がらせた。
「なっ…。」
―――― くらぁ~っ。
あたしは、空の腕を振り払おうとした…瞬間、再びふらついた。
「危ねぇな。」
あたしの腕を、大きな手で、グッと力を入れて掴んだ。
「ちょっと!触らないでよ。」
「あーあ面倒臭ぇな。お前ずっと気を失ってれば良かったのに。」
…また。ほんと憎まれ口ばっか!最低。
あたしは、壁沿いに、ゆっくり歩いた。
「そんな遅いと、保健室に辿りつくまでに、日が暮れちゃうな。」
「うっさいわね!もう一人で歩けるから!大丈夫だから、帰りなよ。」
あたしは、大きなため息をついた。
「でも…ありがと。」
小さな声で、空に言った。
「あぁ゛ーっ?華さん?聞こえませんけど?もう一度言ってくれる?」
…ムカつく。聞こえてたくせに。
「どーも有難うございましたっ!」
結局、空は保健室まで、のろのろと歩く、あたしの後ろをついてきた。
「あら?どうしたの…。」
保健室の先生が、心配そうに、あたしたちを見た。
「こいつ…体育中に倒れました。」
空は、保健室の入り口を、くぐるように入った。
「あなた顔色悪いわね。」
あたしの腕を支えながら、先生はベッドへと案内した。
「あの…痛み止め頂ければ…大丈夫ですから…。」
あたしは、じっと先生の眼を見た。
「…判ったわ。ちょっと待っててね。」
先生は、薬棚へと向かう途中、空に連れて来てくれて、どうもありがとうねと微笑んだ。
「じゃぁな…鼻たれ。」
空が歩きだした時だった。
「ちょっと…あなた手が腫れてるわよ。」
先生が空の腕を掴んだ。
「いっ…。」
空は、慌ててポケットに手を入れた。
…そうだ。さっきだ。
「さっき、階段から一緒に落ちた時かも。」
まぁと先生は驚いた。
「大丈夫ですから。」
空は、保健室を出ようとした。
「待ちなさい。手を見せなさい。」
空は、止まらずに歩き出した。
「見せてくれないのなら、おうちの人に電話をして来てもらうわ。」
空の足がピタリと止まった。左手の手首が腫れてた。
「あなた…この腫れじゃ、骨が折れてるかも知れないわ。」
あなたこそ病院へ行かないと駄目ね…と先生が言いつつ空にも痛み止めを渡して、手のひらから、手首の少し下まで添え木をした。
「先生…空は、頭も打ったの。ゴンッて凄い音がしたんです。」
余計な事言うな馬鹿と、あたしに言った空を、先生が睨んだ。
「病院へきちんと行かないと、駄目ですよ。」
「はい。」
空は、嫌な顔をしながら言った。
「一緒に病院行くよ。」
「良いよ来るな。元はと言えば、お前があんなところで暴れるからだ。」
空は、むっとしてあたしを睨んだ。
「ごめん…なさい。」
あたしは責任を感じていたし、空はこのままじゃ病院へ行かない気がしたので、無理やり病院へ連れて行った。
結局、空の手首は酷い捻挫で済んだ。骨が折れていないだけでホッとした。
♬*.:*¸¸
「その手じゃ…ギターは、暫く弾けないぞ…全く。」
黒田は、包帯が巻かれた俺の手を見て、大きなため息をついた。
「あーあ。ユウヤは、良いご身分だねぇ。撮影をドタキャンしたかと思えば、今度は怪我かよ。」
キーボードのリュウは、俺に嫌味を言った。
「しかも、仕事が出来るのは週末だけって何だよそれ。」
ドラムのトオルは、何も言わず控室でタバコを吸いながら、俺の手を見てた。
「まぁまぁ喧嘩は止めて下さい。」
バンドで俺が活動が出来るのは学校が無い週末と夜だった。
年齢もバンドのメンバーには20歳と偽っている。マネージャーの黒田がそうすることを俺に勧めた。
Prototypeのメンバーは入れ替わりが激しい。それが俺のせいなのも、そのことで黒田に迷惑が掛かってることも判ってる。
「早く練習しようぜ。」
いつも仲間の調整役をしてる、ベースのトモキが言った。
「これ…新曲。」
ぱさりと、皆の目の前のテーブルに投げるように置いた。プロトの詞も曲も、俺かキーボードのリュウが書いている。
バンドメンバーの眼の色が変わり、それぞれ楽譜を覗き込んだ。
「なんか…ちょっと印象が違うけど、いい感じ。」
楽譜をみつつ鼻歌でメロディーを口ずさみながらリュウが嬉しそうだった。
皆、文句は言えどプロだ。
音楽に関しては、厳しいし拘る。
いつもリュウとはそれで喧嘩になることが多い。
「あっ♪俺ソロのパートまであるじゃん。」
今度の曲について、文句はなさそうだった。それぞれが楽譜を受け取り、スタジオへと入っていった。
「新曲も気になるでしょうが、まずは今の曲の事をお願いしますよ。」
黒田が静かに微笑んだ。
「では、私は23時にここに迎えに来ますから。」
「判った。」
俺もスタジオへ入った。
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