逆撫で

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 おれはひとけのない山の獣道を歩いていた。  ここは登山道があまりよく整備されていない、おれみたいなもの好きがちらほらと登るような、さびれた山だ。  まだ昼前のなので明るいが、転倒しないよう、足元をよく見て登っていく。  途中、行き倒れて死んでいる男がいた。  坂にうつぶせになって、頭から血が流れている。顔は見えないが、手を触ってみると氷のように冷たく、確実に死んでいる。    登山は好きだが、危険と隣り合わせだということも分かっている。  それでもさすがに、山道で死体を見たのは初めてだった。  それはそうと、死体には、少し奇妙なところがあった。  坂道で、ヘッドスライディングのように、頭を下側にして死んでいたのだ。  たとえ下っている最中だったとしても、この体勢で死んでいるのはちょっと珍しいのではないだろうか。  後頭部になにかがぶつかって、そのままばたんと前に倒れて死んだのか?  とりあえず、なんとなくきまりが悪いので、おれは死体をずるずると引っ張って半回転させ、うつぶせのまま(顔を見る気にはなれなかった)頭を坂の上のほうに向けた。  頭が上になっただけでも、異様な感じは多少和らいだ。  まあ、死んでしまっているので、足と頭のどっちが上でも関係ないのだが、気分の問題だ。  おれは登山にはスマホを持ってこないし、今から下に戻って通報するなんて面倒もごめんだ。  当然死体を担いで移動するなんてこともできるわけがないので、これ以上なにもしてやれることがない。    そうしておれは、死体を後ろに残して、頂上を目指して再び山を登り始めた。  気味の悪いものを見たせいか、肩がずしりと重かったが、構わなかった。  すると、すぐに、岩がごろごろとした窪地に出た。  足元がかなり悪く、注意していても転んでしまいそうだ。  よく見ると、足元の岩には血が点々とついていた。  そうか、さっきの死体、もしかしたらここで転んで頭を打ちでもして、あそこまで這い出て力尽きたのかもしれない。    さらに上り続けること一時間ほど。  おれは頂上に着いた。  一休みしてから下山を始める。  登山というのは、登るのも疲れるが下るのも非常に疲れる。このペース配分を誤ると、大事故になりかねない。  さっきの窪地に出たので、足元には来た時以上に気をつけて進む。  無事に岩場を抜け、獣道に戻った。  おや、と思った。  さっきの死体がない。
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