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第4章〜こっち向いてほしいけれど あきらめることも私なりのファイトでもある〜⑩
屋上フロアに座り込んだクラスメートの様子に焦ったオレは、彼女の体調を確認するべく、すぐにそばに駆け寄る。
「上坂部、大丈夫か!? こんな暑い場所に、呼び出してすまなかった」
片ひざをついて、彼女の顔をのぞき込みながらそう言うと、上坂部葉月は、脱力した表情で、ため息をつきながら、
「もう……立花くんは……そういうところだよ!?」
と、チカラの無い笑顔を見せた。その表情を確認し、
「す、すまん……早く、涼しい場所に……」
移動しよう――――――と声をかけようとしたのだが……。
彼女はスカートをはらいながら立ち上がり、
「それも、そうだけど! 思わせぶりなことを言うから、誤解しちゃったじゃない!」
そう言って、憤りをあらわにする。
「えっ……? 誤解って……また、オレ何かやっちゃいました?」
思わず、自分の過剰すぎる能力を自覚せずに異世界で活躍する『無自覚チートキャラ』のようなセリフが口から出てしまったが、上坂部の言葉と意味と腹を立てている理由がわからないオレは、絶賛、混乱中だ。
すると、彼女は、ふたたび、ハァ〜と、深いため息をついたあと、まくし立てるように、こう言った。
「この前も、私のことをかばうみたいに、教室の黒板前で大演説を始めちゃうし、最近、一緒に行動することが多かったから……あんな風にココに呼び出されたら、『告白されるのかな?』って、勘違いしちゃった……これじゃ、『私、男子にモテてる?』って思い込んでる頭の浮かれた女子じゃん!? あ〜、恥ずかしい!」
めちゃめちゃな早口で語られたその言葉からは、ここまでの彼女の感情の起伏が、そのまま表現されていることが理解できた。
これは、素直に謝っておかねば……と、考えて、
「そ、それは……誤解を与えてしまったのなら、申し訳ない」
そんな、謝罪の言葉を口にしたのだが、彼女の腹立ちは収まらない様子で、
「なに、その『悪気はなかった』みたいな言い分。誤解を与えてしまったのなら、って謝ってることにならないからね!」
と、オレを追及する手を緩めない。
「オレの不用意な発言の数々で、上坂部を混乱させてしまいました。誠にゴメンナサイ」
両足の踵をつけ、つま先を少し開き、両肘を体側に沿って伸ばす、気をつけの姿勢から、頭部を45度以上の角度に倒す最敬礼のポーズを取ると、上坂部は、
「まあ、そこまで言うなら、もう、イイよ……勝手に勘違いした私も悪かったし……」
と、渋々ながらも、なんとか怒りを解いてくれたようだ。
「そ、そうか……それは、助かる」
安堵しながら、オレが答えると、これまでの困惑や憤りなどの表情から、スッと冷静な顔に戻ったクラスメートは、
「ところで、立花くん、いま言ってくれたことは、どこまで本気なの?」
と、こちらに覚悟の程を問うてくる。
「あぁ、オレに出来ることなら、なんでもさせてもらうつもりだ! 上坂部には、花火大会に誘ってもらった恩もあるしな」
実際のところ、今朝の教室で行われた久々知&上坂部のクラス委員コンビのフォローがなければ、オレは、少なくとも夏休みが明けるまでは、クラス内で空気的存在として居続けなければならなかっただろう。
そのことも含めて、オレが謝礼の意味を込めて返答すると、クラス委員は、笑顔で宣言する。
「そっか……立花くんが、そう言ってくれるなら、私も全開パワーを出さないとね! 夏休みは、全力で女子力を磨かないと!」
そうか……女子力と来たか……。
オレが、まだ幼かった頃は、テレビなどで、そのフレーズを良く耳にした気もするが、これは、令和の時代にも、ポピュラーな言葉と言って良いのだろうか?
まあ、2020年代も半ばの現在にあって、(あの深夜アニメとはなんの関係もなく)クラスメートとのカラオケで、『LOVE2000』を歌うようなセンスを持つ上坂部なので、今さら、彼女のセンスにツッコミを入れても仕方が無いのだが……。
そんなことを考えながらも、明るい表情が戻ったクラス委員に、
「あぁ! オレにサポートできることがあったら、なんでも相談してくれ!」
と言って、軽く握った拳を突き出す。笑顔でうなずいた上坂部が、同じく軽く握った拳をぶつけ、オレたちは、交渉が成立したことを確認しあった。
その直後、校舎棟の出入り口になっている鉄製の扉がゆっくりと開き、その向こうから、女子生徒が姿を見せる。
「あら? 先客が居るとは思わなかった」
楽器が入っているであろうケースを持ちながらあらわれたのは、クラスメートの大島睦月だった。
「睦月、ここで個人練習をするのなら、やめておいた方が良いと思うよ?」
苦笑しながら上坂部が言うと、大島も、額に汗が滲んでいるオレとクラス委員の顔を交互に見ながら、
「どうやら、そうみたいね……他を探すことにするわ」
と、微苦笑を浮かべて返答する。
「それじゃ、私は部活があるから……」
そう言って、先に屋上を去って行く上坂部を見送りながら、オレは、もう一人のクラスメートにも礼を言っておくことにする。
「大島、ありがとう。週明けに、オレが、教壇の前でやらかしたとき、長洲先輩に話しをしてくれたのは大島なんだろう? おかげで、オレは今朝、上坂部と久々知にフォローしてもらうことができた」
「お礼には及ばないわ。私は、先輩たちに教室で起きたことを報告しただけだから……それに、久々知が、あなたを花火大会に誘ったのは、名和さんが、口添えをしたみたいよ?」
「えっ!? 上坂部じゃなくて、名和立夏が? いったい、なんで?」
大島の口から出た意外な生徒の名前に、オレは、つい声を上げてしまう。
「さあ、それは、私にもわからないけど……」
そう言って、言葉を濁した彼女は、「それより……」と、話題を変えるようにつぶやき、
「アナタも、葉月も、ずいぶんと吹っ切れたような表情をしているわね……私も、がんばらないと……」
と、なにかを決意するように整った細い眉にチカラを込めたあと、穏やかに微笑んだ。
吹奏楽部の有望な部員であるらしい大島には、「ずいぶんと吹っ切れたような表情をしている」などと言われたが――――――。
夏祭りからの一連の騒動が一区切りついたあとも、オレの中の日常は、あのヨネダ珈琲・武甲之荘店での一件以来、もとに戻ることはなかった。そして、それは、つい、ひと月ほど前まで熱心にプレイしていた『ナマガミ』をまったく起動しなくなったことからも、自覚がある。
幼なじみキャラクターの桜田志穂子は、プレイ前の推しキャラだったハズなのだが……。
その攻略ルートを実行するのに気分が乗らない、というのは、我ながら不思議に感じている。
しかし、この翌日、オレは思わぬカタチで、その理由を突きつけられることになった。
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