生まれた場所に還りましょう

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僕はずっと絵で金を稼ぐことを諦められずにいた。 近所の小さな会社の事務仕事で生計を立ててはいるが、気持ちのうえでは本業は絵描きであると自負している。アルバイトのままでいるのは絵描きの時間を確保するためでもあった。 そんな偉そうなことを言いながらも、本業では一度も稼いだことがない。 僕が得意とするのは鉛筆書きの人物絵。写真と見紛うほどのリアルさをウリにしている。絵の才能に目覚めたのは高校で美術部に入ってからのことだった。 家族に褒められ、先生に褒められ、友人に褒められ、美術コンクールで金賞をもらってからは世間にも通じる才能だと本気で思った。 称賛は浴びるほどもらった。しかしそれだけだった。SNSで公開すればきっと何かが起きるだろうと淡い期待があったが、結果は同じ。時折有名人の絵をのせるとファンが拡散してくれてバズることはあり、フォロワーは増えるが、やはりそれだけではお金は生まない。 広告をつければいいのにと言われるたびに「お金稼ぎのためにやってるわけじゃない」と強がる。実態としては、有名人の絵を公開するのは無料である限りお咎めはないが、金を稼いだ瞬間に肖像権侵害、アカウント停止となってしまうだけだった。 いつか企業案件をもらえるのではないかと夢見ながら新作の公開は続けていたが、そもそも絵のうまい人はネット上に溢れかえっている。ゲームの絵になるような美少女のCG絵でも描ければまた違うようだが、僕のような鉛筆画はマッチしない。タダで書いて欲しいという話なら定期的にやってくるが、宣伝になるにしても要望や修正が多くて割に合わないので、断るのが常だ。 中途半端に過ごしてるうちに友人たちは結婚していった。結婚を機に定職につく者、主婦になる者、それぞれ絵は趣味で続けながらも本職としての道は諦めて人生の折り合いをつけていたが、僕だけが取り残された。 友人の結婚式では、僕が新郎新婦の絵を描くのが通例になっていた。ご祝儀を免除してくれるのである意味ではお金になってると言えるかもしれない。僕の絵はウエルカムボードに飾られて、来賓たちの間でも「写真かと思った」とちょっとした話題になってくれる。 彼女の絵を描き始めたのはその頃だ。 幸せそうな新郎新婦の絵を描くたびに憧れが膨れあがり、ついには自分で描くに至ったのだった。 僕は、「僕の嫁」の絵を描き始めた。
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