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「私、生まれた場所に帰りたいんですよね。故郷に帰りたいって気持ち、みんなありますよね?私その想いが他の人より強いんです。実はちょっと事情があって生まれた場所がどこだかわからなくて。一応、育ててくれた家はあるんですけどやっぱり故郷だと思えなくって、大人になったらすぐ飛び出しちゃいました。それからの人生、帰るべき故郷をずっと探してたんですよ。」
会いたいと言ってきたのは彼女の方だった。しばしダイレクトメッセージをやり取りすると「ホントにそのままですよ。ぜひ会ってみましょうよ!」と、あれよあれよ言う間に段取りが決まった。新手の美人局かと疑いもしたがわざわざこんな手を仕込んだことするとは思えず、取りも直さず僕の創った絵にそっくり人がいるなら会ってみたい気持ちが強かった。
様々な疑念、不安は会ってみて杞憂だとわかった。
待ち合わせの場所に現れた彼女は、年頃、表情、仕草まですべて僕の思い描いていた通りの人物だった。好意的に接してくれて服装やアクセサリーすら僕の描いたものに寄せてきてくれている。彼女にしてみてもこんなに似てるとなれば驚いて連絡したくなるのも無理はない。彼女を存在を知ってしまうと、模写したのではないかと疑われても仕方ないくらいだ。
それどころか、こっそりストーカーして勝手に描いてたのではないかと思われても、違うのだと証明できない。が、恐る恐る聞いてみたところ「そんなこと思いもしなかった」そうだ。一目見て運命だと思った、ずっと探してた、ようやく故郷を見つけたかもしれない。そんな流れでの故郷話だ。
彼女はよくしゃべる人だった。それが口下手な僕にとってありがたかった。
声も話し方も魅力的で僕はどんどん引き込まれていった。「僕の嫁」は性格まで詳細な設定まで定まりきってなかったが、今となっては彼女のような人柄こそが理想の嫁のように思える。カフェでさらに話し込み、生まれた場所を探し求める彼女の人生を聞くうちに僕も人生を語るようになった。
「僕はずっと報われない人生を送ってきました。才能はあるのにきちんと評価されてないって思ってたんです。けれど、それはもうどうでも良くなりました。僕の理想を描いた絵にそっくりな人と出会えるなんて、こんな奇跡が起きるなら大逆転です。これまでの人生、このために生きてきたのかもしれないって思えます。」
「とびっきりの才能ですよ!あなたの頭の中で作り出されたものは本物です。だってこうして出会えたんだもの。」
「いやお恥ずかしい。僕の嫁だなんて書いてしまって、なんだか申し訳ないです。」
「素敵なことじゃないですか。会ってみて確信しましたけど、やっぱり私はあなたのお嫁さんです。」
さらりと言ってのけた彼女の目は輝いていた。
ずっと思い描いてきた理想の女性が目の前にいる。彼女は僕の嫁だと言ってる。感覚が研ぎ澄まされ、彼女の髪から漂う香り、体臭すら鼻孔に感じる。
実在の嫁だ。夢が現実となった。
始めて連絡とったのは数日前、実際に合ってからはたった数時間。
だから何だ。時間の長さなどに意味はない。運命が噛みあうのは一瞬のこと。
不遇の才能がようやく花開いたのだ。僕の類まれな才能が彼女を惚れさせたのだ。それだけ僕の力がすごいってことじゃないか!これまでの人生を回収するターンだぞ。遠慮する必要あるか?
僕は昂ぶり、普段からは想像できないほど大胆になった。
「生まれた場所に帰りたいって言ってたね。良かったら、君の生まれた場所でも見てみる?」
「うれしい!実は言われなくてもそのつもりだったの。『私』が生まれた故郷に帰る日が来たのね。」
「『嫁』が家に帰るのは当たり前だよ。さあ行こうか。」
あの絵は未来に出会う嫁を描いていたのだーーーーー
そんなストーリーに僕はすっかり酔っていた。
想像で描いた人物にそっくりな人が実在した偶然は、確かに奇跡的な確率だろう。お互いがそこに特別な意味を見出しても誰が責められようか。たとえ唐突でも、飛躍していても、意味することがズレていても、気づける道理はなかった。人は話したいことを話し、信じたいものを信じる。嫁、故郷。僕も彼女も人生を賭して求めてきたのはこれであると妄信し、我が身の破滅に向かって加速した。
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