時空を旅する黒猫~安倍晴明の式神~

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 地上では乱闘が行われていた。 「あんたの気配が変わったのは解ってんのよ。そろそろ、本格的に妖怪になっちゃいなさいよ」  そう言って毒々しく笑い、さらに周囲には本物の毒を振り撒くのは天夏だ。その攻撃の矛先にいるのは、もちろん自由。 「俺は妖怪じゃない!」  自分の力が通常の呪術師と異なる自覚はあるが、それだけは認められない。自由は怒鳴り返すと、その毒を一発で祓ってみせる。 「ふうん。まだ霊力が使えるのか。ホント、面白いわ」  そんな自由の反撃にも、天夏は余裕の表情を崩すことはない。しかし、式神が合流したことで、一気に自由を叩くつもりだった計画が失敗し、少し不機嫌だった。 「ははっ。腕力自慢の鬼とはいえ、龍には敵わないよな」  礼暢の相手をしている青龍が、ひょいひょいとその拳を受け止めながら挑発している。それに、今まで負け知らずの礼暢はペースを乱され、明らかに頭に血が上っている。 「くそっ」 「あらあら。女の子がくそなんて、そう簡単に使っちゃ駄目よ。いざって時に置いておかないと」  一方、宮津月乃と戦っているのは玄武だ。どちらも手の内を明かしたくないのか、肉弾戦になっている。だが、玄武に分があるようで、こちらもひょいひょいと逃げられている。 「なんで仲間が増えてるのよ。しかもこいつら何? 気配が私たちとも、呪術師とも違うじゃないの」  天夏がわけわかんないと訊ねると、自由の顔が微妙なものになった。どうやら好き好んでこの状態になったわけではないらしいと、瞬時に理解できるから面白い。 「そこか!」  と、そんな混戦の場に割って入ってくる声があった。 「げっ、大江」  それに反応したのは自由だ。面倒な時に面倒な奴がと、これも表情にばっちり出ている。 「ふふっ。可愛いんだから」  そう、那岐自由は嘘が下手だ。そして顔に出やすい。だから、彼の使う霊力の中に妖怪化した人間と同じく呪力が混ざることを否定できない。おかげで天夏は自由のペースを乱すのが簡単なのだ。 「変な気配がすると思えば、お前か、那岐自由。まったく、お前ばっかり面白いことになっていやがって。とことん腹が立つぜ」 「言いがかりは止めろ。ついでにこっちは面白くない!」  天夏が攻撃を止めたのをいいことに、二人の口げんかが始まってしまう。その様子に、大江の加勢としてくっ付いてきた呪術師たちも、どう動いていいのか解らずに立ち止まった。 「大体、お前はどうして自分の力に自信を持たないんだよ。俺は、俺たちは、どうやったら霊力と妖気を融合できるか、それを研究しているっていうのに」 「無理に決まってんだろ! 正反対の性質なんだぞ。融合なんて出来るか」 「お前は出来ているだろうが。サンプルになれ」 「無茶言うな。っていうか、こっちはこの体質に困ってるんだ!」  そこで互いに胸倉を掴み合う。  仲がいいのか悪いのか。猫姿になって物陰に隠れていたサラは、その様子に呆れてしまう。 (平安時代の頃も、たまに仲がいいのかしらって思うことはあったけど)  あの時は道満が年上だったから、あしらっている感じにも見えた。だが、今はどう考えても、ケンカするものの仲がいい友達という感じだ。 「それにしても」  大江咲斗たちは二つの力の融合を目論んでいたのか。そりゃあ、妖怪化を阻止したい、どうにか呪術師として踏みとどまる方法を知りたいとする自由たちと対立するはずだ。 「ううん。しかも大江の目から見ると、晴明様の力は融合したように見えるってこと?」  これは新たな視点だった。そして、どう考えても晴明、那岐自由の力だけが他とは違うのだということが決定的になった。 「どう考えたらいいのかな。でも、噴火や地震で崩壊した結界を張り直すのは、やっぱり重要なはず」  じっと周囲に目を凝らし、サラはこれだけは間違いないはずだと確信する。  丁度よく今、妖怪化した人たちと呪術師が多く集まっている。そこに式神、そして異質な自由がいることで、気の動きがよく感じ取れた。だから、それらが混ざらずに、まるで相反するものだというように動くことに、強烈な違和感を覚える。 「うっ。じっと見ていると気持ち悪くなるなあ」 「ほう。黒猫。お前、あれが解るのか」 「えっ」  振り返ると、スーツ姿の保憲がいた。今の名前を知らないから、保憲と認識するしかないが、当然、平安時代に出会った彼とは印象がまるで違う。 「保憲様」  とはいえ、その身に流れている気配は保憲そのものだ。だから、サラは素直にそう呼びかけていた。 「保憲様、ねえ。まあいい。お前、他の式神とは少し違うようだな」 「えっ、まあ、はい」  そもそも、猫姿なんだから違うのは明確だと思うけど。サラは曖昧に頷いてしまう。 「しかも気配に敏感なようだな。俺のことも、本当に賀茂保憲と認識している」 「えっ」  それを一瞬で見抜かれたことはなく、サラは驚いてしまう。が、保憲はやはりそうかと納得するだけだ。 「あ、あの」 「ああ、思い出した。晴明が拾った猫又がお前か。確か、もともとは人間」 「え、ええ」  そうだ。晴明が自らを自覚すると過去を取り戻すように、保憲も同じように記憶を引き継ぐことが出来る。つまり、彼は、まだ少し思い出せていない部分があるようだが、事情を知っている人になるのだ。
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