時空を旅する黒猫~安倍晴明の式神~

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「能力的な問題だから?」  サラが訊ねると 「根本的な解決にはほど遠く、また、何もないからだ」  晴明はなんとも意地の悪い答え方をしてくれた。  それってどういう意味よと睨むと 「暦道と天文道は切っても切れない、不可分な存在だ。日、月、星々の運行を知ることは、つまりは暦を正しく司るということ。ここに陰陽道が入る余地はない」  苦笑しつつ答えてくれた。  だが、まだ欲しい答えには遠い。 「そしてこの二つを掴み、使いこなせるということは、政そのものを握るも同じだ。ところが、陰陽道は今や儀式であり、単なる政治道具の一つでしかない。そこを頑張ったところで、上に行くことは無理だ」 「ああ」  何となく解ってきた。それと同時に、保憲のにこにこ顔が浮かんだ。 (やっぱり、腹黒い)  最短ルートを通って自分たちの力を売り込むには、陰陽道は不要だったということだ。  暦は朝廷が責任を持って作るもの。それだけでなく、この地を支配しているという証でもある。  その証を作る能力を持つということは、自分たちの地位と発言力を押し上げることになる。  そして、この二つ、暦道と天文道には地道な観測能力と計算力が必要だが、特殊能力は必要ない。つまり、理系でありさえすればいい。  陰陽道はすでに特殊能力を持つ保憲と晴明が、自分たちの能力に見合う形に作り替えてしまった。これを使いこなすには、それなりの能力が必要になる。つまり、陰陽師になる段階で、ある程度の選別が行われることになる。  一方、外部からも入り込みやすい暦道、天文道は賀茂家・安倍家が独占状態になる。もう二度と、陰陽寮を乗っ取るなんて計画は出来ない。 「えぐっ」  計画の総てに気づいた時、思わずサラは大声で言ってしまった。  腹黒いなんてレベルじゃない。えげつない。恐怖を感じる域だ。 「そう。えげつないんだ。そして、それをさらっと、周囲が気づくころには総てが完成しているように進めていけるのが、賀茂保憲って男なんだよ」  ようやく気づいたかと溜め息を吐く晴明だが、なるほど、これがずっと二人の間にあった秘密なのかと、サラは呆れ返っていたのだった。 「賀茂保憲。彼の頭脳を使えれば、現状を打開できるかもしれない」  二人の不思議な関係性の根幹を思い出したサラは、思わず大きな声でそう言っていた。 「なんだって」  それに反応したのは、近くにいた自由だ。  丁度お昼前。他の式神たちは休んでいて、サラだけがこの地下にある休憩室に顕現していたのだ。結界のある部屋とは違い、ここは雑然としていて寛げる。 「賀茂保憲がどうした?」  しまったと思ったものの、これはチャンスかもしれないと思い返し、サラは自由に向き合う。  丁度良く他に呪術師がいないのも、話しやすい。 「那岐様」 「その呼び方、どうにかならないのか?」 「ええっと、自由様ってのは、ちょっと不思議な感じになっちゃうかなって」 「いや、そうじゃなくて・・・・・・まあいい。それで、賀茂保憲がどうしたんだ? 晴明の師匠だよな」 「はい」  サラは頷くと、先ほど思い出したことを、余すことなく自由に伝えた。すると、自由の顔がみるみる怖いものになる。 「あ、あの」 「なるほどね。あの二人が有名になった理由はそれか。今まで気づかなかったな」 「えっ」  別に怒っていたわけではなかったようだ。だが、そんな理由だったのかと、意外な思いが強かったらしい。 「それほどまでに鮮やかな手並みで事を進める方です。この混沌とした現状を変えるためにも、彼の頭脳を借りるのが一番ではないでしょうか」  サラは大丈夫かなと心配になりつつも、そう進言する。 「確かに、今のままでは解決が遠いのは事実だ。だが、現在の賀茂保憲に関して情報を集めないことには、協力できるかどうか解らないだろ。下手すると、敵になる可能性もある」 「はい」  それは式神たちが最も懸念していることだ。それだけの頭脳を持っているとなると、敵対するのは厄介でしかない。 「それにしても、噴出した気を収める、か。確かに何度かやるべきじゃないかという話にはなったが、誰も具体的に進めてこなかったな」 「ど、どうしてですか?」  自由の言葉に、それこそ意外だとサラは目を丸くしてしまう。  この状況の総ての原因が、天災による気の乱れだというのに。 「言ってしまえば、現在の状況の、利益が大きすぎるってことだな。俺たちにしたら呪術が使いやすくなったし、妖怪化した連中は、それこそ莫大な力を手に入れている。一般人たちは迷惑しているようで、この大災害を前に敵がいることで一致団結出来ている。正直、気を元に戻すメリットがないんだ」 「なっ」  そんなこと、一度も考えたことのなかったサラは驚いてしまう。  だが、ちょっと考えれば解ることだった。  今、呪術師たちは大きな力を得ている。それこそ、再び霊気を元の状態に戻せるほど。しかし、それを実行しないのは、今ある力を失いたくないからだ。
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