時空を旅する黒猫~安倍晴明の式神~

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「妖怪化した連中は言わずもがなだな。せっかく得た大きなパワーを捨てる意味はない。どれだけ嫌われようと、この世界では上位の存在だ」 「くぅ。そうか。でも、メリットがないなんて」  純粋な妖怪であるサラたちからすれば、今の世界はデメリットの塊だ。だからこそ、早く晴明の生まれ変わりと合流し、元に戻そうとしていた。特にこの世界で、呪術師は邪魔者だ。すぐに実行出来るだろうと考えていた。  しかし現実は、いや、人間たちにとって、この世界の捉え方は違ったのだ。今の乱れた気を戻す必要なんてない。 「お前たちにとって、この世界は住み難いのか?」  意外に思うのは自由も同じで、つい訊ねてしまう。それに、サラは躊躇いながらも頷いた。 「正直、しんどいです。平安京のように、気の流れがおかしいから、その影響をダイレクトに受けてしまいます。式神が昼間寝ているのも、力の制御に神経を使い、疲れてしまうからです。本来、それほど睡眠を必要としないのに」  サラはそう言うと、ぽんっと猫の姿になった。それに自由は驚いた顔をしたが 「人間の姿を保ち続けるのはしんどいのか?」  すぐに理解していた。 「はい。すみません。お話している間は人の姿でいたかったんですが」  限界が早いのだと、サラはしゅんとしてしまう。もう大丈夫だと気を抜いた瞬間、変化が解けてしまった。 「深刻なのはお前たちも、か」  疲れ切ったサラを見て、思わず舌打ちしてしまう。  自由の本音としては、この霊力を抑えたいと思っている。しかし、霊力を手放してしまった後、この世界は立ち直るかと言えば、ノーとしか言えない。だからこそ、強く主張はしない。やはり、メリットが大きいと考えるしかない。  何もない世界で、今や霊力を自在に操ることこそ復興に必要なことだ。だから、研究して妖怪化を抑えよう、呪術師が暴走しないようにしようと努力している。  それでも―― 「晴明様、大変です!」  慌てて顕現した青龍に、思考が遮られる。 「どうした?」  晴明と呼ぶなと怒鳴りたい気持ちを押さえ、何が起こったと確認する。この式神たちが慌てるとなると、よほどの事態だ。 「結界にいる、あの少女が」 「!」  最後まで聞くことなく、自由は走り出す。  同じ地下にいたというのに、変化に気付けなかった。その落ち度に、腹立たしくなる。 「ちっ。式神の気配のせいか」  そう責任転嫁するのは簡単だが、違う。自由の力がまた、妖力側に傾いているのだ。だから変化に気づけなかった。自らの気に馴染むものが増えただけでは、反応が遅れるのは当然だ。  そもそも、地下にいながら結界から離れた場所にいたのも、清浄な空気に息苦しさを覚えたせいだ。 「くそっ、俺は」  妖怪じゃない。そう否定したいが、言葉にはならなかった。 「魂に狐を飼う者」  代わりに、耳に響くのは天夏の言葉だ。 「っつ」  悔しい気持ちを押し殺し、自由は結界のある部屋へと駆け込んだ。 「なっ」 「うわっ」 「なに、この妖気」  清浄な空気を凌駕する莫大な妖気。それに、慌てて顕現した他の式神たちが驚きの声を上げる。 「くっ」  あまりの強さに、自由の後ろをついて来たサラが、気を失ってしまう。そんなぐったりした黒猫を、すぐに青龍が抱き上げた。 「サラ、お前は異空間にいろ」 「んっ」  そう声を掛けている青龍も辛そうだ。式神は妖怪というより精霊に近いせいだろう。それほどまでに、この場所は妖気に支配されている。 「お前たちは下がれ」  そんな中、自由だけは平気だった。いや、あまりにもその気に馴染み過ぎていた。自分の身体から呪力が湧き上がるのが解る。 「那岐様」 「いえ、見過ごせません」  その変化を、式神たちは敏感に感じ取っていた。だから、この部屋から下がるべきは自由だと訴え、白虎と朱雀が自由の前に立つ。 「お前ら」 「我々の役目は那岐様を、晴明様を守ることにあります。危険な任務はどうぞ私たちに。それと、どうかご自愛を」 「っつ」  ここに飛び込むことは妖怪化を進める。いや、完全に妖怪になるかもしれない。それを彼らに見抜かれたことに、自由は歯噛みしてしまう。  それにご自愛だって。こんな半端者を、誰が必要としているというのか。  こうして呪術師の集団に属しているものの、疎外感は常につき纏う。  自分の呪力と他の呪術師たちとの呪力の差を感じてしまう。  あまりに強すぎる力に、多くの人が畏怖し、自由を別個のモノと扱おうとする。  それなのに―― 「晴明様」  妖気のせいで暗い思いに囚われていた自由を、弱々しい声が呼び戻した。見ると、いつの間にか自分の肩の上に、猫姿のサラがいる。  しかし、意識は戻ったようだが、強い妖気に当てられてフラフラだ。肩から落ちそうになったところを、自由はしっかりと抱き留めた。 「あっ」  その瞬間、脳内に大量の記憶が流れ出した。 「サラ」  愛おしそうにこの猫を呼ぶのは、自らの声。  どんな場所にもこの猫を連れ、苦楽を共にしてきた。
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