時空を旅する黒猫~安倍晴明の式神~

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「晴明様。大丈夫。どんなことがあっても、サラは、傍にいますから」  自らの手の中にいるサラが、弱々しい声のまま、それでも必死に訴えてくる。それに、自由の目から自然と涙が溢れていた。 「あっ」 「忠臣のためにも、さあ」  自由の身体の中で暴走していた妖気が収まったのを感じ取り、青龍があちらへと部屋から離れるように促す。 「少女を殺すな」  自由は、この場を任せろという白虎と朱雀に命じた。その声の強さは自由のものではなく晴明のもので、二人は驚きつつも驚いた。 「御意」 「必ずや」  二人の返事に、自由は青龍に従って結界のある部屋から離れる。地下にいるのは危険だと判断し、そのまま一つ上の階へと逃れていた。 「妖怪化すると、あれほど力を集めるものなんですか」  玄武がそう訊ねるのは、二人のサポートに入るためだ。さすがにあの二人だけであの場を任せられないほど、強大な力が渦巻いている。 「どの妖怪に覚醒するかによるが、多くの場合はああやって磁場を狂わせる。特に今回は妖怪化を抑えるために、周囲の気が清浄だった。その分、反発力でより大きな力を集めてしまっているんだよ。助けた段階でかなり妖怪化していたから、余計にだろうな」  晴明の記憶を取り戻したものの、自由としての口調で説明した。そうしないと、また気持ちが大きく乱れてしまう。 「なるほど。では、まだあの少女がどんな妖怪かは不明だということですね」 「ああ」  どんな場合でも、妖怪化の覚醒段階で対処するのは難しい。それこそ、富士山の噴火と震災が続いた際、多くの人々に妖怪化を恐怖として植え付けた原因だ。彼らはその身に流れ込んだ妖気が安定するまで、力のままに破壊を繰り返す。 「厄介すぎるんだよ。やっぱり、早めにこの世界全体の気を鎮めないと」  青龍が思わず、そう叫んでしまう。サラと自由の会話を、異空間から盗み聞きしていた証拠だ。 「とはいうが」 「ははっ、面白いことになっているな」 「っつ」  まさか妖怪化した連中か。その場に緊張が走ったが、視線を向けた先にいたスーツ姿の二十代くらいの男からは、妖気は感じられなかった。代わりに、莫大な霊力を感じ取ることが出来る。 「保憲様」  そして、自由の口から自然とその名前が零れてしまう。 「へえ。この切羽詰まった状況で記憶を取り戻したのか。那岐自由のままだったら、こっちの手駒に使えるかと思ったのに、残念」  保憲と呼ばれた男は、綺麗な顔を歪めてくすっと笑うと、そんなことを言う。その明らかな挑発に、式神たちはさっと身構える。 「止めろ」  だが、平安時代にこの手の挑発には慣れている自由が、さっと止めに入った。そして、何か用かと睨む。先手を打ってこちらの冷静さを奪うのは、保憲の十八番だ。 「ふっ、可愛げもないか。まあいい。妖怪化が起こっているのだろう。さっさと止めないと、他に影響が出る」 「あっ」 「お前は昔と変わらず、陰に傾きやすいのだろう。そこにいろ。話はそれからだ」 「ちょっ」  止める間もなく、保憲は地下へと向かう。それに、玄武は失礼しますと自由に断りを入れて、すぐに保憲の背中を追い掛けた。 「晴明様」  瞬間的に保憲が振り撒いていってくれた霊気のおかげで、少しだけ回復したサラは、猫姿のまま心配げに自由を見つめる。 「大丈夫だ」  自由はそんなサラの頭を、昔やっていたように撫でる。その懐かしい感触にサラは身を委ねていたかったが、今はそれどころではない。 「無理しないでください。晴明様は、那岐様はいっつも、自分を後回しにしちゃいます。それ、良くないです」 「っつ」 「頼りにならないと思いますけど、猫相手に気遣いは無用ですよ」  サラはにゃあと鳴くと、自由の胸元に身体を擦りつけた。それに、自由の心臓がどくんと跳ねるのが解った。そのまま胸をよじ登り、サラは肩に乗ると首に尻尾を巻き付ける。 「くすぐったい」  それに自由が止めろと尻尾を払い除け、ふうっと息を吐き出した。それだけで、ずっとつき纏っていたぎすぎすした気がきれいさっぱり祓われる。 「お前は凄いな」 「そんな」 「いや。昔の俺が、お前を傍に置いた理由がよく解る」 「にゃあ」 (そんなもの、あったかな)  サラは首を傾げるが、ともかく、自由の気が落ち着いたことにほっとする。あのまま、少女の妖怪化に巻き込まれ、自由自身も妖怪化していてもおかしくなかった。 「それにしても」  自由は自分が落ち着いたことで、周囲を確認する余裕が生まれた。晴明の生まれ変わりとの接触を極力断ってきた保憲が姿を現したのは、それだけ緊急事態だということだ。 「いるな」 「はい」  頷いたのは青龍だ。その手には、いつの間にか大振りの太刀が握られている。 「これだけ大きな気だ。当然か。ともかく、下の決着がつくまで、俺たちが引き受けるぞ」 「御意」 「はい」  サラも返事をすると、ぽんっと姿を人型に戻し、臨戦態勢へと入ったのだった。
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