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「くそっ。気の奔流が凄まじすぎる」
その頃、下で戦う白虎と朱雀は苦戦を強いられていた。激しい勢いで流れる妖気に、普段通りの戦いが出来ない。そんな中で、相手に致命傷を負わせずに動きを止めなければならないのだ。正直、難し過ぎる。
「くっ」
ぶんっと、大きな音を立てて耳の横を気弾が掠めていく。あの少女が放ったものだ。とはいえ、今は――
「一般の人間たちが恐れるのも解るってもんだな。ありゃあ、俺たちとも異質だ」
全身を鱗に覆われ、頭部には角の生えた、異形の姿をした人型の何かだ。意思があるとは思えず、ただただ周囲のものを薙ぎ払おうと動き回っている。
「ぎやああああ」
しかも、たまに思い出したように咆哮を上げるのだ。式神ですら萎縮しそうなその声に、人々が逃げ惑ったのも無理はない。
「くそっ。どうすれば」
「ともかく、捕獲するんだ」
朱雀と白虎が何とか連携技で止められないかと思案していた時
「オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ」
唐突に薬師如来真言が聞こえたかと思うと、霊気が爆発した。
「うわっ」
朱雀はよろめき、白虎は何事だと気が流れてきた方へと目を向ける。そこにいたのは保憲だ。
「お前は」
「賀茂保憲。説明は後だ。お前ら、晴明の式神だろ。援護しろ」
「えっ」
「ああ」
あの時のあいつかよ。そう思った二人だが、今、まともにあの妖怪化した少女に対抗できるのはこの男だけだ。
「ぐうう」
実際、あの爆弾のような霊気のおかげで、少女を覆っていた鱗の一部が剝がれている。
「あの鱗」
「あれは妖気が結晶化したものだ。身体に入りきらなかった分が、ああやって身体にくっ付くことがあるんだ」
「な、なるほど」
ということは、この部屋にある妖気は少女の身に余るというわけか。まだまだ知らない不可解な現象があるものだと、白虎は舌打ちする。
「お前らの知識はそこらの一般人に毛が生えた程度のようだな。結界を張れ。俺に霊気を供給しろ」
「わ、解ったよ」
いちいち嫌味を言わねえと気が済まないのか。
そう言って殴り掛かりたかった朱雀だが、そこはぐっと堪える。保憲とあまり面識がない朱雀だが、ここで挑発に乗ったら碌なことにならない、というのは瞬時に理解できていた。
「場の気の流れを変えるんだ」
保憲は理解力は高いようだなと、にやりと笑う。
「了解」
「やってやるよ」
それに式神二人は見てろよこの野郎と、怒りを力に変換し、自らの身の内部に流れる霊気を練って障壁を作り上げる。と同時に、保憲の霊気と波長を合わせ、一部を彼へと渡した。
「さすがは晴明の式神」
流れ込んでくる霊気の多さに、保憲は僅かによろめいた。だが、それもすぐに馴染み、複雑な印を組む。
妖怪化した少女は、そんな大きな場の変化に戸惑い、攻撃を忘れていた。鎮圧するには今しかない。
「帰命頂礼大勧請」
保憲の口から、光明真言和讃が零れる。
平安時代には馴染みのあった妖怪の倒し方だ。しかし、この混乱の世の中になってからは、さっぱりお目に掛かっていない、前時代的方法でもある。
「あれで行けるのか?」
「しっ」
首を傾げる白虎だが、保憲は自分の戦いやすいフィールドで戦っているだけだ。朱雀はそれに気づき、気を乱すなと注意する。
「ぐっ、ぐううう」
和讃が紡がれる度に、少女の口からは苦しそうな声が漏れる。しかし、その身に張り付いていた鱗は、ぽろぽろと確実に剥がれていた。
「凄い」
和讃は単純に霊気を一定に流すために使っている。それそのものに意味はない。しかし、確実に妖怪化した人間を慰撫している。
「南無大師遍照尊」
保憲がそう和讃を歌え終えた時、少女の姿は元へと戻っていた。しかし、その身に流れる妖気はそのままだ。
「ちっ。妖怪化が完成しているな」
保憲の舌打ちに、この人もちゃんと呪術師なんだなと安心した二人だ。
「どうしますか?」
朱雀が訊ねると、保憲は一瞬不快そうな顔をしたが
「どうしようもない。ともかく隔離だ。この後また暴走するのは、過去のデータから明らかだからな」
的確な指示をしてくる。
「このビルの中に、隔離する場所もあったな」
「うん。じゃあそこに入れておくか」
朱雀と白虎は頷くと少女を移動させようとしたが
「うわっ」
どんっと大きな気のぶつかり合いを感じ取り、よろめく。
「まったく。次から次へとトラブルが起こるな。だから晴明に近づきたくなかったんだ」
「えっ?」
保憲の言葉が予想外で、思わず聞き返した朱雀だったが
「お前らはその子の隔離を優先しろ! これ以上トラブルが重なるのはごめんだ」
そう言って、さっさと上に戻っていった。そんな背中を見て
「口は悪いけど」
「さすが、晴明様の師匠ね」
二人は納得だなと笑ってしまったのだった。
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