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「解るのか?」
ここは三階で、地下にある結界が解るはずがないと自由が驚いた声で訊ねる。
「ええ。私は気配に敏感なのよ。そこの猫ちゃんほどではないけどね」
天夏はあそこでしょうと、正確に結界のある位置を指差してみせる。どうやら出まかせを言っているわけではないようだ。
「なるほど。お前らがいつも先手を打って動いてくるわけだ」
苦々しそうに言うのは大江咲斗だ。那岐自由を狙い、さらには妖怪化の秘密を独自に解こうとしていただけあって、何度も天夏たちの妨害にあったのだろう。
「つまり、お前は俺たち呪術師と自分の力が違うことに気づいていたのか。だから、半分妖気のような力が混じる俺のことを、狐だと言っていた」
「ええ。まるで化けているみたいに見えるんだもの」
くすっと笑う天夏に、自由は激ニガ青汁を一気飲みしたかのような顔をする。天夏の目を通すと、自分は呪術師に化けた妖怪に視えたと気づいたからだ。
「どうやら、話し合うことで見えてきたことがあるみたいだな」
そんな二人に、保憲は面と向かって言い合ってみるものだろと笑っている。
「この世界に噴出した気っていうのが問題だってのは解った。でも、どうするんだ? 結界があったというからには、もう一度封じれば気の噴出はなくなるんだろう。だが、それで妖怪化した連中はどうなるんだ? 普通の人間に戻るのか? これだけ、変なことになってんのに」
それまで不満たらたらだった礼暢が、根本的なところを訊ねてくる。それはサラも疑問に思っていたことだ。
先ほどの少女の妖怪化という現象一つとっても、単純に結界を戻せば総てが元通りとはならないだろうことは、容易に想像できた。ここに集まっている妖怪化した人たちもそう。すでにその身は、妖怪という特徴を宿した人間となっている。
「そう。それは一つの問題だ。結界の崩壊と気の噴出が人間の妖怪化を招いたことは間違いないが、その後の人間の変化は、おそらく人間の生存本能が起こしたことだろうと考えられる。だから、気の流れが変わったからといって、現在進行形で妖怪化している人たちが、一般人や呪術師に戻ることはないと思うんだ」
保憲は自分の考えを披露し、どう思うと周囲を見渡した。その提示された可能性に、全員がううんと考え込む。
「適応変化みたいなものだって考えているってことか」
自由はその考えに対して複雑な思いがあるのだろう。眉間に皺が寄っている。
「まあ、晴明のような例外は除くってなるけどな」
「なっ」
「だってそうだろう。普通、半分近くが妖気になったら、あの少女のように妖怪化が始まるはずだ。ところが、お前には起こっていない。しかも、これはかなりのレアケースだ。少なくとも、あちこち調べまくっている俺でも出会ったことがない」
保憲の断言に、そんな馬鹿なと反論したのは咲斗だ。
「間違いないよ。こんな危ういバランスのまま、呪術師を続けられるのは晴明だけだ。つまり、彼には特殊な何かがあるんだろう。これもまた、妖怪化を考えるうえでは考慮しなければならないことだが、まずは、普通に妖怪化することについて考えてくれ」
「くっ」
保憲の結論は、咲斗にすれば自分の考えを否定するものだ。しかし、目の前に妖怪化した人間たちがいると、自由が別次元だというのは、残念ながらよく理解できた。
「特殊」
一方、先ほどからダメージを受けまくりなのが自由だ。自分って何なんだろうと項垂れてしまっている。
「だ、大丈夫ですか」
思わず心配になってサラが声を掛けると、自由は大丈夫だと頭をぽんっと撫でてくれた。そんな、晴明と変わらない仕草に嬉しくなってしまう反面、ややこしくなってきたなと困ってしまう。
今の自由はまだ晴明であることを割り切れていない。保憲から名前を呼ばれて反発していたことから明らかだ。しかし、保憲が指摘していたように、いずれ、那岐自由に固執するのが面倒になるほど、安倍晴明としての部分が大きくなっていく。
その変化を、今の彼は受け入れることが出来るのだろうか。
「適応の結果だというのは納得できるわ。それに、そう考えると、呪術師が妖怪化することも納得できる説明が出来ると思うの」
それまで考え込むように腕を組んでいた天夏が、その考えで今起こっている現象を説明できるはずだと手を挙げた。
「説明してもらえるか」
保憲は自分の考えと一致するか知りたいと、天夏に頼む。
「もちろん。自分たちの身体にもともと、ここでは解りやすく呪力とするわ、それがあった。呪術師はそれが大きく、気の奔流なんてなくても自由自在に操れたけど、妖怪化した私たちは違った。操れないほど小さいものだったのよ。それが急激に多くの気を受け取ることになるとどうなるか、って考えたのよ。
妖怪化の過程で一気に妖力が上がる現象から考えても、これって身体に負担が掛かることよね。溢れ出た気が周囲に影響を及ぼしてしまうほどだもの。そんな身体の中で暴走する気を抑え込むために妖怪化がある。つまり、身体が気を受け取れきれるように変化したと考えればいいんじゃないかって思ったわけ」
どう、とそこで天夏は保憲に確認を求める。
「そう。それが素直な解だと思う」
保憲も同意し、他に意見はないかと周囲を見た時――
「なっ」
「危ない!」
保憲の驚愕の表情を受け、自由が飛び出した。胴体に飛びつくと二人揃って床に転げる。次の瞬間、爆発的な妖気がその頭上を通り抜けた。
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