人生の山場

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 意識が混沌とするなかで、僕の声が近藤の心をざわつかせたのかは分からない。彼は自分の命を助けたのが、かつて自分が苛めていた相手だったと分からぬまま、この後も生きていく可能性の方が高い。  それでいい。むしろその方がいい。今更、遠い昔に僕の心を抉っていったやつが、許しを請おうと登ってこなくていい。これからも僕と近藤は関わりのない距離感で生きていく。――僕がいまの彼を「翔真」と呼ぶことは、二度とない。  近藤が乗っていた車が、事故を起こしたその姿のまま、レッカー車に牽引されて運ばれていく。何事もなかったかのように日常が戻っていきつつある昭良山の峠道で、僕はたしかにそのとき、囚われていた過去から訣別しようと背を向けたのだった。
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