呼び鳥の唄

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 笛を渡されたときの、婆様の言葉だ。あの頃はその意味がよくわからなかった。あまりに幼くて、真名を与えることの意味もなにも知らなかったから。けれど今、わかった。何が起きたのか。今どうするべきなのか。  ナツは遮二無二もがき、驚いた三郎太の胸をどんと衝いて、その腕から抜け出した。 「三郎太、あんたに真名はあげられない。あたしは呼び鳥だから」 「ナツ!」 「でもあたしを覚えていて、三郎太。里に赤とんぼが来たなら、あたしのことを思い出して」 そう叫んでナツは一目散に走りだした。お山の頂近く、斎の野辺に向かって。  ナツは一切のためらいなく、夜の山道を駆け上った。斎の野辺にたどり着いたときにはすっかり息が上がっていた。静けさに包まれた野辺に、ナツの呼吸音だけが響く。懐から殯の笛を取りだしかけて手を止め、力いっぱい指笛を吹いた。 ――ピィー!    甲高い音が夜の静寂を切り裂いた。もう一度と指をくちびるに当てたところでナツはその存在に気が付いた。  巨岩の上に大鷲が止まっている。ばさりと翼を広げ、地面に向かって滑空するその輪郭はするすると宙に溶け、着地したときには人の形をとっていた。 「ようやく呼んだね、わたしの鳥」  すずしい声がナツの耳に滑り込んだ。背に流したぬばたまの黒髪に一房の白髪。口元は微笑み、瞳は星を宿したように輝いているが、その眼差しは魂の底まで射抜くように鋭かった。 「ぬしさま…………」  ナツは呆然とした。月明かりの下、この世ならぬうつくしさは宵闇に燐光を放つようだ。吸い寄せられるような慕わしさで胸がいっぱいになる。 ――ああ……  呼んでしまったら、向き合ってしまったら、もう引き返すことなどできようはずもなかった。 「わたしを呼んだ意味をわかっているね?」
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