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少女は道とも呼べぬ道を駆け上っていた。質素な麻の衣に包まれた痩せっぽちの身体は、その軽さゆえかほとんど足音をたてず、は、は、は、と短く吐き出す息ばかりが響く。
やがて、鬱蒼と樹木を生い茂らせた山の中腹、ぽっかりと丸くひらけた空き地で少女は足を止めた。
少し前に寿命を迎えた大木の横倒しの幹によじ登り、少女は空を見上げる。雲のない青空に微かな笑みを浮かべ、おもむろに指笛を吹き鳴らした。
ピィー、と澄んだ音が宙に広がり、溶ける。
ピィー
ピィー
――ピロロロ……
指笛に応えるように鳥の囀りが響いた。一羽の鷦鷯が少女の差し伸べられた腕に舞い降りる。と、山雀の一群れがそれに続いた。
――ピチチ……キュルキュル……
次々と寄ってくる鳥たちで少女のか細い肩は瞬く間にいっぱいになり、出遅れた鳥がその周囲を飛び回る。少女は指笛を止め、くすぐったそうに声を立てて笑った。
ひとしきり戯れていると、不意に鳥たちがいっせいに宙に羽ばたき、飛び去った。その羽音に息を飲みぎゅっと閉じた瞼を恐る恐るひらけば、かすかな声が耳に届いた。
――ピィー…ホロロロ……
再び見上げた空を、大きな鳥影がよぎっていった。
黒い翼に白い風切り羽。
ぬしさま、と少女のくちびるが動き、しかし声にはならなかった。
帰り道の少女の足取りは重かった。とぼとぼと歩いた末、家の前に立つ大刀自の婆様を見つけた時には、そのままくるりと背を向けてしまいたくなった。言いつけを破ったことがばれているのは明らかだった。
頭に霜をいただき背中がすっかり丸くなっても、一向に鋭さを失わない婆様の眼光が少女を射抜いた。
「またお山に行っていたね」
顔を伏せた少女はびくりと肩を震わせた。その様子を見て、返事を待つまでもなく婆様は長い息をついた。
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