呼び鳥の唄

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 呼び鳥の視線の先に気がついて、三郎太は少し照れくさそうに笑い、手に持った矢車菊を、そっと呼び鳥の髪に挿した。 「これは、お前に」 「三郎太」  呼び鳥は目を瞬かせた。どうして、あたしに。  声になっていないそんな問いかけを、しかし三郎太は呼び鳥の顔から読み取ったらしい。今度は呆れたように笑った。 「嬥歌の夜だから」 「…………?」  ますます訝しげな顔になる呼び鳥に構わず、三郎太は続けた。 「妻問いだ。ナツ、俺と添ってくれ」  二重の驚きが呼び鳥――ナツを包んだ。遠い昔に忘れられた、真名にちなんだ呼び名を、三郎太は覚えていたのか。そして―― 「妻問いは、歌を詠むものじゃなかったの……」  予期せぬ求婚への驚きを誤魔化すように、ナツはそんな文句を言った。そんな話をきょうだいのように育った三郎太とするのは、たいそう面映かった。 「お前みたいなうすぼんやりを相手に、遠回しに歌なんぞ詠んで埒があくものか」  仏頂面でのひどい言いようは、三郎太の照れ隠しなのだとナツにはわかった。と、不意に三郎太はぐいとナツを抱き寄せ、腕の中に捕らえた。驚いて固まるナツの耳もとに口を寄せ、「お前が好きだ」と告げた。 「ほんの子どもの頃からだ。気がついてもいなかったろう」 「嬥歌なんぞ行かなくていい。お前は知らなかろうが、お前に歌を捧げようとしている男はいくらでもいる。どうせうまいかわし方も知らないんだ。そこらの男に言い寄られる必要はない」 「俺は、太一兄にだってナツを渡す気はなかった」  奔流のように耳に注ぎ込まれる言葉を火傷しそうな思いで聞いていたナツは、亡き人の名を聞いてびくりと体を震わせた。  早逝した三郎太の二人の兄。次兄はナツが引き取られるより前に流行病に命を取られた。長兄の太一は三郎太より五歳上だった。おおらかで優しい太一に、ナツも三郎太もよく懐いていた。
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