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太一が落雷に遭って世を去ったのは、二年前のことだ。山から戻らぬ太一を里人が総出で探し回って、見つかった時にはもう身体が冷たく、固くなっていた。
その弔いで、ナツは殯の笛を吹いた。とめどなく零れる涙に祈りの息は乱れ、ごくわずかな鴉しか招くことはできなかった。
――大きくなったら、イチ兄のおよめさんになる
――おおそうか、お前ならもらってやってもいいぞ
そんなやり取りは遠い昔、幼い子どもの戯言だったはずだ。
「太一兄は本気だった。婆様がお前を嬥歌に出さないと言ったときから」
――それじゃあ、嫁の貰い手がつかないじゃないか
――だったら俺がもらうよ
そんな話は知らない。そんなことが許されるはずもない。呼び鳥が、跡取りの嫁になるなど。
「婆様に馬鹿を言うなって一蹴されてたけどな」
「だったら、三郎太も同じでしょう」
太一亡き今、跡取りは三郎太だ。立場は変わらないはずだ。
「婆様はもういない。お父にもお母にも文句を言わせない」
いっそう強く、三郎太はナツを抱きしめた。息が苦しいほどの力がその腕に込められていた。
「だからナツ、うんと言ってくれ。お前の真名を俺に教えてくれ。俺は覚えていないんだ。イチ兄は知っていたのに」
求婚を諾う時には、相手に真名を教える。だが、そもそも家族なら真名を知っているものだ。ナツが呼び鳥になった時、太一は十分に大きかった。だからその名が消された後も覚えていられたのだろう。
――これからのおぬしは呼び鳥だ。真名を人に与えてはならん
婆様の声が不意に脳裏に蘇って、ナツは打たれたように身体をこわばらせた。
――おぬしはお山のものだから、人のものにはならん。理を守らねば災いを呼ぶ。よく心得ておけ
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