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完全犯罪とはマジックのためにある言葉です。
それは客の目の前でマジックを披露するあの男の口癖だ。
華麗にトランプを捌き、客が思いもよらないところからカードを出して見せる。もしくは、客が引いたカードを言い当てて見せる。
それがあのマジシャン――作り物のように整った顔立ち、すらっと背が高く、着ている燕尾服が絵になる――氷室青龍のお得意とするマジックだ。黒髪に見せかけて光の加減で青色にきらきらと光る気障な長い髪もトレードマークだろう。
あの自在にカードを操る技は、業界ではフォースと呼ばれているらしい。初めてその名前を聞いた時、金井雅人は思わずかの有名なSF映画を思い出してしまった。
何でも操るという不思議な力。そんなものは現実には存在しない。だが、あの映画と同じくらいに氷室青龍が操るカードが不思議なのは認めよう。
たとえそれがタネも仕掛けもあったとしても。
さらには熟練の技を要し、必死に努力して獲得したものだとしても。客が見ているのは不思議な部分だけなのだから。
「あいつが例の」
「ああ。だが、マジックの最中は静かに」
「すみません」
血気盛んな部下、女子らしさは刑事になった時にゴミ箱に捨ててきたかのような正義感の塊の竹村楓は、雅人の注意に肩を竦めた。
目の前に、ほぼ確実に犯罪に手を染めている奴がいるのだ。鼻息が自然と荒くなっても仕方ないではないか。その不満が前面に出てしまっている。
「あのな。あくまでも推定だからな。氷室がそこらへんの不可解な犯罪に加担しているらしい、だからな。いいな、あくまでらしいだ。証拠は未だに何一つ出てきていないんだ。そこを間違って、あいつに詰め寄るんじゃねえぞ」
「ちぇっ」
「ちぇじゃねえ。法治国家だぞ」
「はあい」
そんな言い合いも、青龍のマジックに魅了される人々には届いていなかった。テーブルの上で華麗に繰り広げられる技の数々。その綺麗な容姿に見合うだけのパフォーマンスに、皆、一様にうっとりしていた。
その様子に、血気盛んな楓もいつしか飲まれていた。
「凄いですね」
「ああ。テーブルマジックにおいて、あいつに勝てる奴は国内にはいないそうだ。世界的にも認められていて、アラブの富豪のパーティーの出し物も務めたことがあるらしいぞ」
「へえ」
その間にもパフォーマンスは続いていく。トランプがあちこち華麗に飛び回ると、一斉に拍手が巻き起こった。そこで青龍がとびきりの笑顔を見せ右手を一度大きく挙げてから一礼した。どうやらここでショーが終わりらしい。
ホテルの改装祝いのパーティーの一環として催されたこのマジックショーは、成功に終わったと言っていいだろう。招かれた客たちも非常に満足そうだ。格式高いホテルとして、これほど名誉なことはないだろう。
「これにて閉会とさせていただきます。皆さま、長らくのお時間を頂戴致しまして、誠にありがとうございました」
青龍への拍手が止んだところで、ホテルの総支配人が最後の挨拶を述べ、パーティーは無事に終了した。
「さて、行くか」
「そうですね。警備という名目も果たしましたし」
「言うな」
そう、刑事二人がそんな格式高いホテルの改装記念パーティーに潜り込めたのは、昨今のテロ対策強化のおかげだ。呼ばれる客たちがそれなりに著名人となれば、なおさら警察として警備を申し込みやすい。とまあ、そんな事情がある。だから雅人たちはパーティーがお開きになるまでは動けなかったのだ。
「すみません。氷室さんの控室はどちらですか」
警察手帳を翳し、ホテルの従業員に場所を訊ねる。すると、何かあったのかと警戒させてしまった。責任者を呼ぶから待ってくれと慌てている。
「違います。ショーも終わりましたので、警察は引き上げようと思います。その前にご挨拶をと思いましてね」
「あ、ああ。そうでしたか。あちら、廊下の突き当りにあります部屋です」
「ありがとう」
ほっとした顔をする従業員に礼を言って、教えてもらった部屋へと向かった。すると、そのちょっと手前に、青龍が出て来ないかと待ち構える女性たちがいた。警備に立っている他の警官がいるからか、それ以上は近づけないようだ。
待ち構える女性の年齢はまちまちだが、若い女性が多い。まったく、ああいう気障な男のどこがいいのか。雅人はそう苦々しくなるが、現実、ああいう男がモテるのは厳然たる事実だ。どれだけ苦々しくてもそれは認めるしかない。特に若い女性は内面よりも見た目にまず惹かれるものらしい。
「失礼しますよ」
雅人と楓はそんな出待ちをする女性たちを掻き分け、青龍が使っている部屋へと辿り着いた。警備に立つ警官は事情を知っているのですぐに通してくれる。
部屋の前には今回のゲストに選ばれたことを祝う花が飾られていた。その名前を何気なく確認すると、なんとパーティーに呼ばれている著名人からだった。これにはびっくりさせられる。一体何がメインなのか。本末転倒な感じがした。
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