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15 帰還と別れ
「お久しぶりですジュリア様」
「クリスティーナ、久しぶりね」
メイド長のクリスティーナがはるばる私の元を訪ねてきてくれた。熱い抱擁を交わして再会を喜び合った。そして私はそわそわとクリスティーナに一番聞きたかったことを尋ねた。
「ランドルフはどうなったの?」
「旦那様は屋敷に帰還いたしました」
「ああ! よかった! 生きて帰ってきたのね」
けれど彼女の顔色はすぐれなかった。
落ち着いて話せるケビンと私たち親子が住む家のリビングで、私たちは椅子に座りあった。クリスティーナの好む紅茶を出して目の前に置いた。
「ランドルフはどうしているの?」
「それが、ランドルフ様は……」
不穏な空気を残し、言葉を途切らせてしまったクリスティーナ。何か悪いことがランドルフの身に起こったのか? けれど、無事に帰ってきくれた。それだけでも喜ばしいことだ。
「ジュリア様、ランドルフ様に会っていただけませんか」
「私たちが会うのは良くないと思うわ」
本心では会いたい。あって無事を確認したい。だが離縁状を出さないでいたのは、彼が無事に帰ってきたことを確認するためだけだ。ランドルフが戻ってきて私たちがまた一緒になるためではない。
「ランドルフ様は帰還いたしましたが、戦争で深く傷ついてしまっています。傷も癒えておらず、精神的にも参ってしまっているのです」
「ランドルフが?」
いつも力強く、先頭に立って周りを引っ張っていく力のあるあのランドルフが弱っている姿など考えられない。
「ランドルフ様がジュリア様に離縁状を渡したと聞いています。それにもう二度と会わないと約束したことも」
「ええ、でも離縁はまだしていないの」
「ランドルフ様はジュリアたちのことはそっとしておけと、俺のことも放っておいてくれとそう言いましたが、どうしても……旦那様が、っおつらそうで」
「そんなに酷い状態なのね」
「お願いです、ジュリア様。どうかランドルフ様を助けてくださいませ。旦那様には支えてくれるお方が必要なのです」
「クリスティーナ、私はもう他の男性と住んでいるの。ランドルフの元にはいけないわ」
「日に日にやつれていく旦那様をもうこれ以上見ていられないのです……!」
私の腕に縋りつき、懇願するクリスティーナの背中は震えていた。横暴な態度だったランドルフは、周りの人間の誰にも心を開いていなかったように思える。だがクリスティーナだけは信頼していたし、彼女もランドルフのことを慕っていた。
「お願いいたしますジュリア様!」
彼女の悲痛な声に、私は断ることができなかった。
彼女を帰した後、ケビンの帰宅を待った。
「ただいま、ジュリア」
彼はいつも以上に機嫌が良さそうだった。
そんな彼に水を刺すような話をこれからしなければならない。
「ケビン、話があるの」
「その前に、僕から話してもいいかい?」
「ええ、どうぞ」
「実は別の大学に名誉教授として呼ばれているんだ。研究論文がとても高い評価を得てね」
「まぁすごい! おめでとうケビン」
「ただ、ここからはものすごく遠いんだ。海を越えた海外だ」
ケビンから国名を聞いたら、ここからはかなり遠い。
「でもすごいことじゃない。名誉教授になれるなんて、滅多なことではないわ。絶対に行くべきよ」
ケビンの研究に対する情熱は相当なものだ。間近でずっと見ていたから、彼の努力が報われて嬉しくなった。
「うん。僕もそう思ってる。だからジュリア、僕と一緒に行ってくれないか。セーラも一緒に」
リビングテーブルの椅子に座って手を取られ、そう言われた。
「……すぐに返事をしなきゃいけないの?」
「そうなんだ。すぐにでも来てくれと言われているんだ。だから、君の答えが今知りたい」
セーラが生まれる前からずっと一緒に過ごしてきた彼は、もはやただの同居人なんかではない。友達以上で、恋人というそんなうわついた関係以上のものだった。だけど……。
「ごめんなさい。一緒には行けないわ」
「そうか……彼の元に戻るんだね?」
「ごめんなさい。ずっと待っていてくれたのに。私、あなたになんて仕打ちをしてしまったのかしら」
「いいんだ。ずっとわかっていたよ。きみはずっと彼のことしか見えていなかったから。それでも、僕は君とセーラといられて幸せだった」
ベビーベッドで寝ているセーラの寝顔はむにゃむにゃと柔らかで無邪気だった。ケビンはセーラの頭をひと撫でした。
「産まれてからずっと一緒だった。この子と僕は血は繋がっていないかもしれないけど、この子の父親のような存在だって思ってる。君も、この子もそう思ってくれていると嬉しい」
「もちろんよ」
「もしなにかあったら、僕を頼って欲しい。離れてしまうけど、ずっと遠くで君たちの幸せを願っているよ」
彼と、私とセーラの間には血のつながりはないけれど、家族になっていたのだ。
「毎月手紙を送るわ」
「絶対だよ。約束だ」
私たちは最後に抱きしめ合い、最後のキスをした。
私とセーラが乗り込む馬車を、ケビンとその両親が見送ってくれた。
みんな泣いていたけど、ケビンのお母さんが一番酷い泣きようだった。
「僕はずっと君たちを愛しているよ。それだけは忘れないで」
「私もよ」
馬車に乗っても、ずっと窓の外から身を乗り出して手を振った。
ケビンもずっと手を振っていくれていた。
姿が小さく、見えなくなるまでずっと。
――私たちを愛してくれてありがとう。
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