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『ああ、面白い。低俗な人間共の最期としてはお誂え向きの展開ね。さて、村の方はどうなったかしら』
女神がふわりと舞い上がると、その美しい体は瞬く間に村へと移動した。
「ゴボボッ」
「ギュギュン」
辺りを満たす雑音に、女神は頷いてみせる。
『どうやらまだ滅びてはいないようね』
けれど何だか様子がおかしい。
先程まで大騒ぎをしていた村人達は、すっかり落ち着きを取り戻しているようだ。
鍬を振り下ろす度「ペロロン」と間抜けな音がするけれど、それを気にするふうでもなく、「ゴボボ」「ギュルギュルン」等と声をかけ合いながら穏やかな笑顔を浮かべているのだ。
『おかしいわね。秩序を失った人間達は己の邪悪さから内部崩壊をおこし自滅する、って予定だったんだけど……』
女神は首を捻ると辺りを包む雑音に耳を澄ましてみせる。
『もしかして……』
彼女はツマミを捻り、今までシンセに取り込んだ音一つひとつを丁寧にミュートしていく。
『これは……』
残ったのはただひたすら続いていく「ザー」というノイズ音。
『……今流行りのピンクノイズ』
女神はそう呟くと頷いてみせる。
『最近、人間達の出す雑音がうるさくて眠れないって言う神々が多いのよね。ホワイトノイズを聞くとよく眠れるらしいし、ピンクノイズはよりリラックスできるって話題なの』
ノイズの中でもピンクノイズは高い周波数ほど弱くなっていくノイズだ。
全ての周波数を含むホワイトノイズは「サー」という砂嵐のような音。
高い周波数が少ないピンクノイズは「ザー」という少し落ち着いた感じの音だ。強い雨や滝の音に似ていてリラックスできると言われている。
『まあ、しょうがないわ。私も人間を自滅させようなんて、ちょっとやり過ぎた感はあるし』
そう言う女神もどこか落ち着いたような顔をしている。
女神がツマミを捻ると、辺りに聞き慣れた日常の音が戻ってゆく。
微かに聞こえる程度のピンクノイズを残して……。
どこからか澄んだ笛の音が聞こえてくる。
オシロスコープに表示される波形は、三角の山と谷が交互に出現する三角波だ。
女神が山の方へ移動してゆくと、石のステージの方から女性のダミ声が聞こえてくる。
『あら? 元に戻し忘れてたかしら?』
女神は首を傾げる。
「貴様らー、今日はありがとうなのです」
ツインテールの少女が観客に向かってダミ声を向けると、人々は「おー」と応える。
「このデスボイス、すっかり癖になっちゃったのです」
「おー!」
『あら、気に入ってもらえて光栄ね。ならばもうちょっとサービスしようかしら』
「貴様らー、本当にありがとうです!」
女神がツマミをDelayに合わせると、メタるんのデスボイスがこだまのように繰り返されてゆく。
「……デス……デス……デス……デス」
「メタるん!」
観客が掛け声と共に掲げてみせたのはミニ松明ではなく、人差し指と小指を立てたメロイックサインだった。
〈完〉
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