女神の音楽

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「ゴホン、ゴホン。何だか喉の調子が……。あ! もしかしてあれって!」  女の細い指先が指し示しているのは七色に輝く小さな花。 「七色のオリージアだ!」  二人はその可憐な花に駆け寄っていくと歓喜の声を上げる。 「やったー!」  二人は喜びを分かち合うようにお互いの体に腕を絡ませた。 『ふん! 七色のオリージアなんてこの山では普通だっつーの!』  女神は更に指先に力を入れた。 「ずごい! 七色のオリージアなんでボンドウにあっだのね」 「えっ、どうしたの?」  男は腕の力を緩めると、スンとした表情を彼女に向ける。 「だ、だんだが、喉のぢょうじが……」 「な、何言ってんだかわかんないんだけど……」  男はじりじりと後ずさる。 『きゃはははっ。いい調子ね』  女神がツマミを回していくと、女の声は更に低く潰れたようなものに変化いく。 「ばばび、どぼじだぼがじだ」  女の口から発せられるものは、もはや人の言葉というよりも地の底から這い出した悪魔の呪文のようだ。 「ま、まさか女神の祟り……」    男は女から充分距離をとると、今登ってきた道を一目散に駆け下りてゆく。 「ば、ばべー!」  男を追いかける女の顔は醜く歪んでいて、眉を吊り上げたその姿は正に悪魔そのものだった。  女神シンセーヌが操ることができるのはこの世の音のみ。  けれどそれは時に人間の本性を炙り出す。 『きゃはははは!』  寂寂たる森の中、女神の笑い声だけが響いていた。
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