唯一の理解者

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唯一の理解者

『死にたい』 ブランコにゆらゆらと揺られながらそんなことを呟いた。 雲の中、ポツリと照らされる月が美しかった。 全て投げ出して私はこの小さな公園に来た。 風が肌に擦れる感覚が、生きていると()うことを酷く実感させ、少し不思議な気持ちになる。 辺りは真っ暗で人の気配が1つもなかった。 この公園の裏手にはある程度の深さのある池がある。 私はそこに飛び込もうと思い家を抜け出してきた。 今さら私が死んで悲しむ人なんか居ないと思っていた。 「こんばんは、可愛い娘よ。」 そんな言葉が聞こえてきた。 私は直ぐに目線を左に向ける。 そこには中年にも青年にも見える不思議な男性がブランコに揺られていた。 『誰よ』 睨みつけるようにして言う。 「別に誰でもいいじゃないか。」 彼も星一つ無い曇り空に浮かんでいた月を眺めていた。 「君、死ぬのかい。」 他人事なように()かれた。 実際他人事なんだけど。 『貴方には関係ないことでしょ』 少し言葉に憎悪を込め言い返した。 「確かに僕に君なんかの生死は関係無い。死にたいなら勝手に死ねばいい」 ”死にたいなら死ねばいい” その言葉に私の胸は大きな鼓動を示し反応した。 ”死にたい”と言えば必ず”死ぬな”、”生きろ”と今まで返されてきた。 私は今までの人生、()れが凄くウザったらしかった。 少しだけ、少しだけ嬉しい気持ちになった。 だけれども、こんな今会ったばかりの男の言葉に対する感化も気づくうちに薄れていき、再度微かに怒りが湧き出てきた。 『何様のつもりよ!私の気持ちなんか分からないくせに!』 強く怒鳴るように言い返してしまう。 彼は、ずっと穏やかな表情で天を見上げていた。 「君の気持ちはわかるよ」 穏やかな声が私を包み込む。 「僕は、此処(ここ)で昔死んだ。君と同じくふと死にたいと思い立ち、家の抜け出し、池に飛び込んだ。当時は死にたいと思っていたんだ。」 私は困惑する。 なぜ死んだ人間が生きているのか、なぜ私の前に現れたのか、そんなことはどうでもよかった。 「もう居場所が無くて、死ぬ苦痛より生きる苦痛の方が大きいなら、別に死んでもいいと思う。だけれども、少しでも生きていて”楽しい”、”幸せ”だと感じれる瞬間があるのなら、もう少し、生きてみても損は無いんじゃないか。」 彼は私の目を見ない。 代わりにずっと輝く月を見上げていた。 月に照らされた彼は、今の私にとってヒーローだった。 唯一の理解者。 友人に自分の苦悩を幾度(いくど)相談しても、帰ってくる答えは”死なないで”、”頑張って生きて”とか()う、生半可で責任も何も無い一番他人事のように思える言葉だった。 私の目からは次第に涙が零れてくる。 そのまま私は彼に抱きついてしまった。 初めて会う彼が、私の中の一番の理解者で、一番信用できる人だった。 初めて彼が此方(こちら)を見た。 穏やかな目だった。 「君は今まで頑張って生きてきたよ。大丈夫。大丈夫。君は報われてもいいんだよ。全て投げ出して、自由に生きていいんだよ。」 私は彼の言葉に救われた。 彼に抱きついたままずっとずっと泣いていた。 人前でこんなにも泣いたのは初めての経験だった。 気がつけば辺りは明るくなり、彼も居なくなって居た。 私が体験したあの光景は、まるで夢のように私に刻まれ、呪いのように私の生きる理由と成っている。
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