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 天気の良い昼間が続き、それは夜も同じだった。それから真斗は夜になるたび民宿を出て、途中で待ち合わせた湊と共に海辺に向かった。彼が海で泳ぐ時間はせいぜい二十分ほどで、それからは浅瀬で遊んだり、綺麗な貝殻を探したり、砂浜に座って他愛のない話をして過ごした。真斗も湊もお喋りな方ではなかったが不思議と気が合い、いつも気付けば日付が変わる頃まで一緒に過ごしていた。 「夜は、あんまり出かけん方がいいんとちゃいますかな」  その晩も外へ出かけようとする真斗に、民宿の親父が声を掛けた。 「もし事故になんか遭うても、誰も気付いてくれませんで。ただでさえ人の少ない島ですから」 「はあ、まあ約束してるんで……」  約束、と親父が繰り返すのに、失敗したと真斗は思った。湊と海で遊んでいることを知られて良いことはない。適当に誤魔化せばよかった。 「約束って、こんな夜更けに誰としてらっしゃるんや」  案の定、興味を引かれたらしい親父に、仕方なく真斗は答える。 「島の子です。子どもっていっても、高校生くらいの……」 「そんな歳の子、島におったかな」  親父が首を傾げるのに、奇妙な感覚を覚える。この小さな島で、島民同士が認識されていないはずがない。つい真斗は、湊の名前を口にしていた。 「ああ……そういえば、今年の春に越してきた子やな。そうかそうか、なんや、太陽に弱い病気やっていうてたな」  合点がいったという様子で親父は何度も頷いた。どうして真斗が陽の暮れた時間に外出するのか、納得したようだった。 「そんでも、あまり遅くなったら危ないで。気いつけてな」 「はい、気をつけます」  心配の言葉に軽く頭を下げ、真斗はそそくさと民宿を後にした。  親父が納得したとはいえ、胸の中にはしこりのようなものがぽつりと出来上がっていた。湊が仮に四月に島に来たとして、既に四カ月が経つことになる。この島に高校はなく、小中学校を卒業すると、ほとんどの子どもが進学にしろ就職にしろ島外へ出ていってしまう。そんな中、珍しい十六歳の子どもが入ってきたのだ。湊は普段からよほど目立たず過ごしているのか。  きっと病気で昼間に外を歩けないせいだろう。こんな小さな島でひっそりと隠れるように暮らす彼が無性に不憫で、真斗は足早に待ち合わせ場所へ向かった。  堤防沿いの街灯の下、既に立っている小さな影は、真斗の姿を見つけると大きく片手を振った。真斗も軽く手を振って駆け寄ると、逆光で分からなかった笑顔があらわになった。 「そんなに急いでこなくていいのに」  袖の長いウインドブレーカーに手元が隠れ、まるで華奢で色白な女の子のように見える。肩にはタオルと水着の入ったトートバッグを提げている。 「湊が待ちきれなくて海で泳いでいるかもしれないからな」 「そんなことしないよ。約束したんだから、ちゃんと待ってるのに」  街灯の明かりを結ぶように並んで歩く。腰までの高さの堤防を挟んで、穏やかな波が打ち寄せる音が聞こえる。真斗は潮の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。それを見て、湊も同じように深呼吸をした。  いつもの砂浜に下りても、湊はすぐに着替えて泳ぎに行こうとはしなかった。ぐずぐずと話を続けるのに、つい真斗の方から「泳がないのか」と声を掛ける。 「うん」  彼は頷いて僅かに目を伏せた。サンダルのつま先で砂をつつき、眩しそうに目を細めた顔を上げる。 「僕、そろそろ海に溶けちゃうかもしれない」 「どういう意味」 「だから、海に溶けちゃうかも。それは別にいいんだけど、これが最後かもしれないから、つい」  海に溶ける。最初に会った時も湊が同じ台詞を口にしていたことを思い出した。しばらく言わなくなっていたから、真斗は忘れかけていた。 「溶けるわけないって。人間が海水に溶けるなんて、あるはずないだろ」  当然の理屈を話しながら、真斗は頭の中に暗く黒い影が差すのを感じる。その影は湊を連れ去り、目の前から永遠に消してしまう気がする。だから自分に言い聞かせるように言った言葉に、湊はうんと頷かなかった。 「溶けちゃうんだよ……」  囁くような声と共に、両手で自分の胴をそっとさする。 「段々、空っぽになっていってる気がする」  ウインドブレーカーの上からでも、彼の細い体格が見て取れた。元からあまりに中身の少なそうな腹は、小さな手のひらの間でぺしゃんこになってしまいそうだ。 「馬鹿だな……」掠れそうな声を捻りだしながら、真斗は無理に頬を上げる。「それなら、もう泳がなきゃいいだろ」 「泳ぎたいんだ」  彼の真っ黒な瞳に、星明りが輝いている。 「海に入りたいんだ」  人が海に溶けるなんてあり得ない。真斗はそう言ってしまったから、湊を止めることはできなかった。
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