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それから三日間、湊は姿を現さなかった。
あの晩、海に溶けてしまうと言った湊が無事に泳ぎ終わって帰路に着いたのを見届けている。海水に人間が溶けるはずなどないのに、真斗は本当に彼が海に消えてしまったのではと嫌な想像を膨らませた。あと一週間ほどで自分はこの島を去ることになっている。別れ道で笑って手を振った湊と二度と会えない不安に、居てもたってもいられなくなった。
民宿の親父は、湊の現状は知らなくとも、彼が厄介になっているという親戚の家は知っていた。商店のある通りを一本逸れ、緩やかな坂を上った先に、古ぼけた小さな家はあった。
田舎らしく、家の戸口は不用心に大きく開け放たれていたが、真斗は手前でごめんくださいと声を掛けた。明るい陽射しの降り注ぐ外からだと、室内はよけいに暗く見えた。正面に細い廊下が奥へと伸び、左手には襖、右手には二階への階段がある。蝉の喚きを背に、真斗は腹に力を込めてごめんくださいと繰り返した。
微かな足音が聞こえたかと思うと、階段を下りてくる白い足が見えた。黒いハーフパンツに、白いシャツとカーディガンを羽織っている。青白くも見える顔色の中で、湊は驚きに目を見開いていた。
「いや、最近来ないから、心配になって……」
決して彼は責める目をしていないのに、真斗は言い訳をしている気分になった。湊が倒れて入院しているのではとも想像していたから、今更ながら過剰な心配だったのではと、ばつの悪い気持ちがあった。
だが、正面に立つ彼は嬉しそうに微笑み、ごめんなさいと言った。
「ちょっと体調が悪くて、行けなかったんだ。お兄さんに伝えられなくて、ごめんなさい」
「いいよ、それより起きて大丈夫なのか」
「うん」
真斗は遠慮がちに室内へ視線を巡らせる。他に人の気配も物音もしない。
「今、他に誰もいないのか」
湊はこくりと頷いた。
「おばあちゃん、買い物に行ってる。一度出かけたら長いから、きっと夕方まで帰ってこないよ」
呆れた表情をする真斗を見て、湊は可笑しそうに笑う。
「僕の不調はよくあることだから、ずっと看てる必要なんてないんだ。看病させ続けてたら、おばあちゃんが倒れちゃうよ」数歩近寄り、真斗の片腕を軽く握った。「折角だから、上がって。ジュースぐらい出せるから」
「病人にそんなことさせられないよ。湊が大丈夫なら、安心した」
そう言って腕を引こうとしたが、湊は力を入れて離さない。先ほどの笑顔を引っ込め、彼は思い詰めた表情でぽつりと呟いた。
「……もう、会えないかもしれないから」
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