ヤマノカミ

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少し休憩しましょうか。 ちょうどここにへこんだ岩があるんです。お2人はそこにどうぞ。私はこちらに。 トレッキング、初めて参加されたんでしたよね。 ご夫婦で。ありがとうございます。 今回参加された目的は? あぁ、単純に運動不足ですね。 いえいえ、充分です。大きな理由なんていりませんから。 トレッキングは登山と違って気軽に参加できるのが魅力です。 私も昔はこのあたりをよく登山しましたが、今はめっきり。もうある程度年ですし。 山は好きなので生涯山の近くで過ごしたいと思い、今はトレッキングガイドとして活動しています。 どうぞ、水分補給もしてください。 小川のせせらぎとおいしい空気。 今日は絶好のトレッキング日和で良かった。 そういえばここから見えるあの山。 今日は天気が良いからなおさらよく見える。 そうです、あのあたりで1番高い、あの山。 有名なあの話があった山です。 『山小屋の4人』。 ご存じないですか? 私もその話を知ったのはあるホラー番組でした。 私がまだ10代だった頃の夏です。 たまたまテレビをつけたら2時間のホラー特番をやっていて。 私本当は1人では見られないくらいこういった話が苦手なんですけど、知っている場所だったので、つい気になってしまいましてね。 遭難した4人が奇跡的にある山小屋を見つけたけれど、中には暖房器具も照明器具もない。しかし、もしこのまま眠ってしまえば凍死してしまう。眠らないために、4人はそれぞれ山小屋の四隅に立って、1人ずつ壁伝いに隅にいる仲間の肩をタッチし、それを朝が来るまでリレーし続ける、という話です。 4人は無事そのリレーを成功させ、朝を迎え下山することができたそうです。 何がホラーかわからないですか? 実はこの話、4人では絶対に成立しないんです。 4人で四隅を順番に回るなら、4人目がタッチする相手はおらず、1人目をタッチする人物は存在しないはず。 このリレーを成功させるには5人必要で、結局その5人目は誰だったんだろうという話ですね。 そう、私もそれに気づいたときはぞっとしましたね。 また、ああいう番組は気になるような嫌な終わらせ方をするじゃないですか。 「5人目とはいったい…」というような。 あまりにも怖かったので、私は自分の中で話の続きを作ったんです。 その遭難者は日ごろ善い行いをする人たちで、神様が現れてそのリレーに参加し、4人の命を救ってくれたんだってね。 4人もいるのにそんな単純な構図に気づかないなんておかしい、なんて声もありましたけど、山で遭難した極限状態です。地上とは全く状況が違いますから、なかなか冷静な判断ができないことは実際あるんです。4人とも山岳部の学生でまだ若かったようですし、私は充分あり得る話だと思いますね。 そんな話を、ふと思い出すタイミングがあって。
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