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自らの欲に向かって突き進むのは、人間だけである。しかし、その余波は、時に周りにも影響を与える事が多くある。
アフリカでは、植民地からの独立が盛んだった時代、混乱と紛争によって亡くなった犠牲者達の死体処理が追い付かず、川に放流した。
その結果、死体を食べ、人の味を覚えたワニ達が人間を襲うようになった。
戦後、地元の人間は恐怖と実害の多さに慄き、
その駆除に手を焼いたと言う。この事例と、ある意味では、似通った部分があると思われる話を、以下に記したい。
“O”さんの、学生時代の体験である。
「地元の踏切で、飛び込みや電車との接触の多い所がありまして…」
事故の原因は、踏切区間が長い事にある。高齢者や子供など、足の遅い者は、
渡りきる前に、遮断機が下りてしまう。
「だから、踏切内に待避所が設けられています。踏切下の点検用スペース、広さは大人5人が入ったら、いっぱいになりそうな感じです。そこに降りれる階段があって、場所は左右に一か所づつ…渡れない時は、ここで、電車をやり過ごす。上を通過する電車の轟音凄くて、怖いけど、天井は鉄板ですから、まぁ、大丈夫かなって…」
学校帰りのある日、Oさんは友人の一人と踏切に行く。彼が、この踏切を利用した事がないと聞き、一緒に帰る事にしたと言う。
踏切の中を、わざとゆっくり歩き
「急がないと、電車来るぞ?」
と焦る友人の様子を楽しみながら、警笛が鳴り、遮断機が下がる頃合いを見て、待避所へ2人で避難した。
「電車の音、マジで凄いから」
と得意げに説明する内に、
カン、カン、カン…キィイイ…ゴオオオオ
警笛音と電車がレールの上を進む金属音が、遠くから聞こえてくる。
ゴオ…イィィイエエエ…ェエエエー…
「オイッ、人の声が聞こえるぞ?」
友人の声に、全身が総毛だつ。こんな事はOさん自身も初めてだ。
通過する電車の音を掻き消す引き攣った叫びの大合唱…思わず、足が階段に動くが、無理と言う現実が、体を止める。
電車が上を走っている間は、逃げる事も出来ない。
目を閉じ、耳を塞いで耐えるOさんの顔に、冷たく、何か柔らかいモノが触れた。瞼を開けると、すぐ目の前に
エ・エエエエエエエ~…
と言う呻きを発する、逆さまの潰れた人の顔があった。
悲鳴を上げながら、後退する背中は、グジャッと、グズグズの何かに体が沈む感触…
いつの間にか、狭い待避所内は異形の者達に埋め尽くされていた。
左右どちらにも、腐って崩れ、真っ黒な口を開けた顔、顔、顔…思わず身を屈める足元に視線を移せば、床の鉄板から浮かび上がる同様の呻き顔…
「ヒッヒッヒ、ヒィイイイ」
「オ、オイッ、待て」
友人が叫び、階段に足を乗せた。電車は、まだ頭上を通過している。
音が変化したのは、その時だ。
エ・エ・エ・エ・エエエエ、エエエエエ~…
笑いをかみ殺したような合唱の中、焦った友人が段を踏み外し、待避所に落下する。同時に、電車が通過し終わり、辺りには静寂が戻ってきた。
友人の体を心配するのも忘れ、Oさん達は先を争うように、外へ逃げたと言う。
後に、地元の人から、待避所で見たモノについて、一つの噂を聞く。
「あの待避所は、元々、事故で亡くなった遺体の一時的な補完場所だったそうです。そこを、事故防止の回避地にしたみたいで…ただ、待避所になった後も、その前も、事故があれば、真下に、血や肉片が流れ込みます。掃除しても、天井や床には染み込んでるんです。血の味を覚えてるんですよ。あそこは…だから」
Oさんは二度とこの踏切を利用する気はない。
友人が階段を上がる瞬間、呻きを笑いに変えた彼等の顔が瞼に焼き付いているからだ。
「半開きの口が、全部三日月…笑ってました。仲間が増えるって、アイツ等、喜んでた。だから…」…(終)
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