最大公約数

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 誰もいなくなった墓前に一匹の白い狐が――信乃が佇んでいた。先までいた親族はみな引き払い、後には沈黙するのみの墓標が残る。信乃はそれを静かに見上げていた。その耳に、がさり、という草を踏み分ける音が入り、信乃はばっと草陰に隠れる。 「来ているんだろう?」  草陰から覗く革靴。それから聞き覚えのある男の声。人の姿になって出ても良かったが、男はずっとこちらを見ている。これでは変身もできないと、信乃が諦めて帰ろうとすれば、男の声が響いた。 「その姿でいい、俺は最初から知っていた」  思わず信乃は男を振り返った。男――浩一郎はじっとこちらを見ている。  カマをかけたのだろうか。信乃は疑り深く男を見やる。  最初から知っていた、だと。信乃が、信乃の母が妖狐だということを、この男は、悠太郎の兄は知っていたと言うのだろうか。知っていたなら、なぜ黙っていたのか。これははったりではないだろうか。  だが一方で、知っていたなら納得のいく浩一郎の行動はいくつもあった。つい先日、葬儀の日に信乃が忍び込んでいたのを黙ってくれていた。それより前に母の死体を回収に行くとき、信乃に「いいのか?」と呼び止めている。  信乃は慎重に、いつでも逃げ出せるように、浩一郎の前に姿を見せた。すれば驚いたことに――そう、信乃は本当に驚いたのだ――浩一郎は顔を綻ばせた。まるで、心の底から嬉しいとでも言うかのように。 「なぜ」 「なぜ、知っているのか、だろう。あんたが知らないということは、ああそうか、あの人はあんたに何も言わなかったんだな」  あの人とは誰か、悠太郎のことでないのは、信乃も察しがついた。  珍しくやわらかな表情の浩一郎は、周囲を見渡してから、悠太郎の墓前に膝をついた。 「少し、話をする。母さんたちが来たら面倒だから、あんたは墓の影にでも隠れて聞いてくれればいい」 「勝手に帰りますよ」 「それならそれでいい」  投げやりな回答だ。まるで、信乃が残ることを見透かしているかのような物言いだ。信乃はそれに不満ではあったが、一方で浩一郎の言葉が気になるのは事実。浩一郎の言うように悠太郎の墓の裏に身を隠し、浩一郎の声に耳を傾けた。 「単刀直入に言おう。俺とあんたは親族だ」
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