最大公約数

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 その晩は宴会であった。スーツを着込んだ客人たちも、お酒が入ればジャケットを脱いで楽しそうに談笑していた。病気の父は当然ながらその席にはおらず、別室で夕食を取っているらしい。祖母はそちらについており、宴会の場は母がひとりで回していた。料理がすべて出そろうまで母の手伝いをし、暫く用意を見ていた悠太郎は、やがてそっと席を抜けた。抜けた先の廊下では、浩一郎がたばこを吸っていた。それに悠太郎は顔を顰める。 「兄さんも手伝ってよ。母さんひとりじゃ大変だ」 「俺は解体作業で疲れたし、正直あまり食欲もない」 「それは、まあ」  いったいどこで覚えたのか、浩一郎は帰ってくるなり狐を解体した。食べると言うのだから誰かやるのだろうとは思っていたが、まさか浩一郎がやるとは思っていなかった悠太郎は驚いた。あの臭いを浴びたら食欲が失せるのも仕方ないだろう。食べると言った悠太郎自身も、それですっかり食欲を奪われてしまい、結局先ほど席で口にしたのは市販の漬物くらいであった。 「俺、ちょっと外の空気吸ってくる」 「あの家にでも行くのか?」  伸びをしながら言う悠太郎に、浩一郎がたばこを携帯灰皿に入れながら聞く。それに悠太郎は図星を突かれて「う、まあ……」と曖昧な返事。 「今夜はやめた方がいいぞ」 「なんで」 「荒れてるだろうから」 「何かあったの?」  浩一郎の言葉に、悠太郎は不安になってその顔を見る。しかし浩一郎はそんな悠太郎に何も返さず、二本目を取り出していた。  結果から言えば、浩一郎の言葉は正しかった。  不安を覚えた悠太郎は、すぐさま信乃の家に向かった。ただでさえ何かと嫌われている家だが、今までの村の対応は、嫌悪よりも恐怖が勝っていた。だが、ひとたびそれがひっくり返ればどうなるか、悠太郎もおおよその見当はつく。  女性二人の家は強くない。  たどり着いた先は静かであった。特に何かがあった様子もない。けれど、それが悠太郎にとっては不自然であった。戸を叩いても反応がない。  かつて、悠太郎はこの家に何度も訪れた。インターホンもないこの家は、しかし悠太郎が着くと、まるで見ていたかのように信乃や、信乃の母が出た。  今日は、その気配もない。  それが、とても不自然であった。 「……お邪魔します」  悠太郎は、悪いと思いつつも戸を引いた。鍵がかかっているかと思ったが、戸はすっと開いた。靴を脱いで上がる。通い慣れたこの家は、しかし先導者がいないとそれだけで迷いそうであった。ぎし、という床の軋む音。それ以外の音はまったくしない。信乃は家に帰っているはずなのだが、二人してどこかに出かけたのだろうか。  そんな疑問を抱きつつ、悠太郎が周囲を見渡しながら中に進んでいくと、突然何かが悠太郎に飛びかかってきた。 「ぅ、わ!?」  思わず跳ね除けようとするも、飛びかかってきたそれは以外に重く、悠太郎の視界に鋭い牙が映る。咄嗟に首を庇いながらも、姿勢を崩した悠太郎は柱に背をぶつけ、そのまま尻もちをついた。その隙を相手は見逃さない。悠太郎めがけて飛んできたそれは、真っ白い狐であった。 「うわ――っ」  腕に噛みついてきた狐の毛並みが、月明かりに白くなびく。悠太郎はそれに、腕の痛みも忘れて見惚れた。見惚れて、そして、この狐の名前を呼んだ。 「信乃、さん?」  それに狐がびくりと耳を震わせ、それから逃げようとするのを悠太郎は被さるように捕まえた。鳴いて暴れる狐を抑え込みながら、悠太郎は「信乃さん」と彼女の名前を呼び続ける。  やがて観念したのは彼女の方だった。  諦めたのか疲れたのかおとなしくなり、それに合わせて悠太郎が手を離せば、するりと腕から抜けて悠太郎の方を向いた。こちらを見る琥珀色の目が、昼間見た狐とよく似ていた。
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