21 同担と知った日

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21 同担と知った日

「スタンリー、ジャック」  私は毒草庭園を訪れていた。料理長から持たされたお弁当を手に庭園の入り口で声をかける。冬の風が冷たくて私は体を震わせた。  ダニエルが大量に持ち込んだものは食材もそうで、厨房では毎日腐らせないために大忙しで異国の食材を使ったメニュー開発を進めていた。大変そうだけど料理長は楽しそうで、許可をもらってスカーレットさんにも少し卸したという話も聞いた。私たち使用人もその試作品を頂くことができて棚ぼたも良いところである。 「お姉さん!」  スタンリーが私に気づいて顔を上げる。兄ちゃーん! と声を張って兄を呼ぶと、一足先に私の方へと駆けてきた。可愛い。 「もうお昼?」  私の手に持ったお弁当をわくわくした顔で見上げてくるから私も頬を緩めて笑った。そうよ、と答えるとスタンリーは益々嬉しそうに笑う。呼ばれた兄のジャックがやってきて、あぁ、と私を見てもう昼かとスタンリーと同じ反応をした。 「オレたちまで頂いて良いんだろうか」  ジャックはいつもマスク代わりの布で表情はよく見えないけれど申し訳なさそうに言う。良いのよ、と私は答えた。庭師として外仕事がメインのジャックとスタンリー兄弟は厨房までやってきて他の使用人たちと食事を摂る機会はない。お互い交流があるわけでもなく、二人は自分たちでお弁当を用意してやってきていた。私は何となくそれが気になっていて、ダニエルが持ち込んだ食材の処理に大忙しだと料理長に聞いて打診したのだ。 「料理長が『育ち盛りがいるんだから沢山食え!』って言ったんだもの。食べて欲しいのよ。気にしなくて大丈夫」  代わりに新作の感想は必要だけどね、と付け加えるとジャックは少し頬を緩めたように見えた。スタンリーが毎日美味しいものを食べられて嬉しいと顔を綻ばせる。 「早く食べよう、兄ちゃん! お姉さんも今日は一緒?」 「お邪魔じゃなければ」 「邪魔じゃない! いっぱい話そ!」  早く早くとスタンリーに手を引かれて私たちは庭師の休憩用の小屋へ向かう。仕事道具なども仕舞う場所である小屋は三人で入ると少し狭いけれど、冬の今は三人近寄った方が暖かかった。  綺麗に手を洗い、私は小さなテーブルにお弁当箱を広げた。スタンリーがわぁ、と声をあげてチョコレート色の目を輝かせる。異国の食材は彩美しく、料理長たちが四苦八苦している様が見て取れた。まだ主人の皿に乗る段階まではいかないけれど、食材の味や調味料とを上手く掛け合わせているから見た目が整えば推しの口に入る日も近いだろう。 「おれねー、あれと、これと、こっちのも好き!」 「ふふ、料理長に伝えておくわね。ジャックは?」  スタンリーとは違って静かに味わうジャックにも感想を聞こうと視線を向ければ、もぐもぐと口を動かしながらジャックは残っている料理を指さした。体を動かす仕事のせいか、二人ともやはり肉を使った料理がお気に入りのようだ。 「兄ちゃん、おれ、考えてたんだけど」  スタンリーが料理を頬張りながら口を開く。口の中にものを入れて喋るな、とジャックに怒られたスタンリーが飲み下すまでにしばらく時間があって、ごくん、と大きな嚥下の音が私のところまで聞こえてきた。 「この小屋、掃除した方が良いよ。お姉さんも座るんだし」 「え」  驚いた私にジャックもそうだなと答える。 「オレも気になってた」  二人の顔を交互に見る私にスタンリーはにかっと歯を見せて笑う。ジャックも私を見て目を細めるようにして笑った。 「あんたは中の仕事をするだろう。オレたちは外仕事だから泥がついてようが作業着だし気にしないが、泥を落とす手間があるんじゃないか」 「あ、や、そんな。あるけど外に出ればそんなの当然だしそんな気にしなくても」 「だめだよ、お姉さん。美味しい料理を届けてくれるんだからお姉さんにばっかり面倒押し付けられない」  この兄弟はまったく、と私は小さく息を吐く。自分のことばかりの私とは違って他人を思いやれる優しい兄弟だ。 「少しずつだからいきなりは綺麗にならないけど、お姉さんが来てくれても大丈夫なようにしていくからね」  スタンリーの笑顔に私は押されるようにして頷いた。 「庭師のお仕事優先してね。生き物のお世話だから大変だと思うし」  私がそう言うとジャックは驚いたように私を見た。チョコレート色の目が真っ直ぐに見てくる。狭いところで寄って座っているから近い。穴が開きそうなくらい見られている気がして私はジャックと視線を合わせるか合わせないか迷うようにちらちらと視線をやって、なに? と尋ねた。 「いや、あんた、植物のことも生き物って言うんだなって」  思って、と続けながらジャックも私を見過ぎていたことに気づいたようで視線を逸らした。言葉も尻すぼみになっていく。 「エリオット様と同じことを言うから、少し驚いた」 「? 生き物、だよね?」  ずっとそう思って生きてきたけれど改めてそう言われると少し不安になって尋ねた。生き物だよ、とスタンリーが答える。そうよね、と私はホッとした。 「でも話さないし動かないから生き物だってこと、忘れる人もいるんだって兄ちゃんが言ってた。エリオット様はそれをちゃんと解ってるんだって。植物も生きてて、それぞれに合ったお世話の方法があって、何をすると喜んで、何をされると嫌がって、どのくらいの気温でどのくらいのご飯をあげたら良いのかって、話しながらじゃないとできないけどエリオット様は全部できちゃうって。でもやること沢山でずっとはお世話できないから兄ちゃんに頼んでるんだって」 「スタンリー」  ジャックが慌てたようにスタンリーに黙るように声をかけるけれど、スタンリーはどうして止められたのか解っていない顔だった。なんで? と兄に直接首を傾げて問う。 「全部兄ちゃんが言ってたことだよ」 「……言って良いこととそうじゃないことがあるし、言って良い時と場所もある」  喉の奥から絞り出すような声でジャックが言うから私は思わず笑ってしまった。ジャックが非難するように私を見る。ごめんなさい、と私は笑いながら言う。 「悪い意味じゃないの。あなたもエリオット様のことが大好きなんだって知れて、嬉しかったのよ」  ジャックは私と同じで彼を推しているのだと判ったことが何だか嬉しかった。同担拒否はないから身近にいてくれて嬉しい。邸内で働く使用人も推しを嫌っている節はないけれど、仕事だから、と割り切っている面はどうしたってあると思う。推しは推しで使用人たちに特製ハンドクリームを作って支給してくれるし労ってもくれているんだろうけど、それだって別に感謝ではないはずだ。言うなれば業務上必要な消耗品、コピー用紙とか文房具とか、その辺と扱いはきっと同じだ。  だから仕事とは別に、彼を認めている人がいるのが嬉しかった。ジャックは庭師だから植物へ対する姿勢とか知識とか、そういった面で推しに一目置いているんだろうと思う。其処には伯爵だからとか、毒を扱う怖い人だから、といった要素は感じられない。単純に、尊敬に近い感情な気がした。 「……凄い人だと思う。そんな凄い人から大切な庭の世話を任されたら、頑張るしかないだろ」  耳を赤くしながら言うジャックに、そうね、と私は頷いた。 「実際にこの庭園を維持してるんだから凄いと思うわ、ジャック」 「おれも頑張ってるよ!」 「スタンリーもね」  手を挙げて自己主張するスタンリーに私はにっこり笑いかけた。満足そうにスタンリーは笑う。 「おれね、今、シクラメンの世話をさせてもらってるんだ! お姉さんも中に入る許可をもらえたら見にきて!」 「凄い! いつか見せてね」  毒性のある植物だけを集めた推しの毒草庭園。確か原作では薬にするための薬草も育てていたはずだし、彼にとっても大切な場所のはずだからその中に入る許可なんて庭師でもない私に出るか判らないけれど、スタンリーが世話をさせてもらっているというシクラメンは少し見てみたい気がした。 「シクラメンは割と長く花を咲かせる。毒性もそんなに強くない。その区画だけなら許可も出るかもな。今度聞いてみるよ」  ジャックが言う。スタンリーはわーいと嬉しそうに笑い、私もぜひと頷いた。  そろそろお昼も終わりだ、とお弁当箱を片付けて私たちはまたそれぞれの仕事に向かったのだった。
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