23時に、

2/3
前へ
/7ページ
次へ
だからこそ私は、23時のベランダに命を懸けている。 ほんの少しでも颯ちゃんと話すことができるなら、『ただいま』をもらえなくても、『安い命』と眉を顰められても、何てことはないのだ。 だって颯ちゃんは知らない。あなたと交わすたった一言が、どんなに尊くて幸せなものか。 私しか、知らないから。 「いいさ、そっちがその気ならっ」 いつもなら『おやすみ』と言われた段階で諦めるけど、今日だけは。今日だけは、折れられない。 ふんと荒い息を鼻から噴射して、ベランダへ引き返しよじよじ柵に上のぼる。 なんと実は、私と颯ちゃんの部屋のベランダは隣接していて、昔はよく行き来したりもしていたくらいの距離だ。 鉄製の柵が軋んで少しうろたえるけれど、ここで足を止めるほど私の颯ちゃん愛はヤワじゃない。 なんて事を自慢げに唱え、いざ彼の部屋前のベランダに侵入---と、向かいの柵に片足を掛けた瞬間。 ガラリ、彼の部屋とベランダを仕切っていた磨りガラスが開けられた。 「え、颯ちゃ…うおっ」 気を取られた私は、足を上手く運ぶことができず見事にバランスを失った。 「は!?バッ…」 そのまま頭から倒れこみかけた身体が、迷わず飛び出してきた颯ちゃんに勢いよく突っ込んでしまう。 「ってえ……」 ドン、と重みのある音が響いて消える。 ……え、何これ待って、どういうこと?尻餅ついてる颯ちゃんの腕の中に、私が抱きとめられて、……え?ん? 恐る恐る開いた視界に写り込んだ光景のせいで、頭の中に大渋滞が発生した私は、一旦順を追って状況整理を開始する。 「…おい」 まず私は颯ちゃんに冷たくあしらわれ、負けるもんかとベランダの柵によじ登った。 「おいって。ゆず?」 そして彼のベランダの柵に足を掛けた瞬間、磨りガラスが開けられてご本人様の登場。 「…ゆず、お前いい加減に」 「それでバランス崩して倒れて、気付けば颯ちゃんの温もりの中に……!」 「まじで突き落とすぞコラ」 「ひいいすいませんで、いだっ」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加