23時に、

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鼓膜をぶん殴るようなドスの効いた声に即座に後ずさると、勢い余ってベランダの壁に後頭部をぶつけてしまった。 厄日なの?私今日、厄日なの? あまりのツキの無さに心が折れそうだ。 「…ぶっ」 「何笑ってるの颯ちゃん…」 「いや悪い、ふは」 「何で地味にツボってるの…もうやだお嫁に行けない…」 「もらい手もいないけどな」 「じゃあ颯ちゃんでいいよ…」 「なんで妥協案が俺なんだよ」 第一、全身で体当たり食らわすような奴はごめんだわ。 そう付け足した颯ちゃんは、せっかくの笑顔をまた無表情に戻してしまう。そうしてそのまま立ち上がり、服の汚れをはらった。 「で、立たないの?不法侵入者さん」 しゃがんだまま見上げている私に、彼が問い掛ける。 「…立ちたい」 「なら立てよ」 「……」 「……たく、正直に言え馬鹿」 はあ、と呆れるようなため息を零し私の前にしゃがむ彼。 鼻、高いなあ。まつ毛が光に反射してる。私、反射なんて一度もしたことないよ。 よくよく考えるとしっかり彼の顔を拝むのは久々で、その整った顔立ちについ視線を逸らした。 彼は続けて、はっきり口を開く。 「どっちの足、痛めた?」 --こういう所だ。 「…なんで気付くの」 こういう所がずるくて、こういう所に私は弱いんだ。 「右だな」 ほら、と背中を向けてくる颯ちゃん。もうやっぱ、好きだなあ。 「…いいの?」 「今日だけな」 「部屋に上がるのも?」 「…今日だけ、な」 どうして、なんて聞けない。 その答えを知ってしまえば、私はこの人から離れられなくなる。どれだけ困らせてでも、欲しく、なってしまう。 「…颯ちゃんは素直じゃないなあ」 「…いいから乗れ」 少しだけ躊躇しながら、昔の面影なんて少しもないくらい"男の人"な肩に、手を置いた。指先から導火線のように、熱がどんどん登ってくる。 ……知らないヒト、みたいだ。
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