ベランダの上で。

1/4
前へ
/7ページ
次へ

ベランダの上で。

「降ろすぞ」 「…うん」 降ろされたベッドに腰かけてきょろきょろ見回していると、颯ちゃんの言葉を思い出した。 『お前もう、俺の部屋来るの禁止』 ……思えばそれが私の、ベランダでのお出迎えの始まりだった。 その時颯ちゃんは受験生だったし、てっきり勉強に集中するためかと思って素直に頷いたけど、大学受験から数年が経った今もその禁止令は続いている。 私は颯ちゃんの口から、理由を聞きたいのに。 「一応湿布貼ったから、炎症治まったら温めな」 「うん、ありがとう」 「ん。…で、本題」 キャスター付きの椅子を引っ張ってきて、私の前に腰かける颯ちゃん。 本題ってなんの事だ。怪訝な顔で首を傾げている私に、彼は少し呆れた様子で『不法侵入までした理由だよ』と付け加えた。 「え」 「えじゃないわ」 「……今日が今日であるから」 「哲学的表現はやめろ」 華麗なツッコミで一蹴されるけど、嘘ではない。颯ちゃんだって言っていた。今日だけ、って。 「…なんで俺の部屋、出入り禁止にしたかわかる?」 静かな部屋に、ぽつりと落ちた問い。……こうじゃない。私はもっと、他愛もない話をしに来たのに。 「…わかんない」 「だろうな」 「教えてくれればわかるよ」 「教えてもわかんないよ、お前は」 「…どうして、」 そんな事言うのと続けるはずだった声が、透明になって空気に溶け込む。 「…ゆずが、ゆずであるから?」 …彼がまた、”知らないヒト"になった。どこか切なげで、だけど奥底に熱を込めた、惹きつけて離させない眼差し。 ───溶けて、しまいそうだ。 「意地悪」 「真似しただけだろ」 「……ねえ、颯ちゃん」 「ん?」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加