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1973年
驚かないで聞いてほしい、僕は今しがた僕を殺した。
誰も血を流していないし、勿論法も犯していない。
僕は自作のタイムマシンで、十五年前に戻ったんだ。夢じゃない。
そこで父と母を別れさせた、だから僕は存在できない。
お受験に失敗し、中受も惨敗した僕はもう、勉強しろと言われなくなった。
口煩い父を一時は煩わしく思っていたが、いざ言われなくなると寂しい。
だけじゃない。父の興味関心が、僕から完全に外れたんだ。
父にとっての僕はまるで空気、会話もない。
親の義務と世間体で養ってくれているが、微塵も期待されていない。
こんな僕がいつまでも存在し続ける価値なんてあるのかな、ないと思う。
攻撃性の低い僕が生きていることに、大きな害はないはずだ。
地味に日々、学校へ通っているだけだから。
じゃあ僕が生きていることに、果たして価値はあるだろうか。
小学校時代・生徒会長だった小原くんは、国立附属に進学した。
将来に期待してしまう。
幼稚園の頃・僕と結婚するといつも言っていた京子ちゃんは今、他の男と付き合っている。
クラスメイトが剣道大会で優勝した。親友が書道コンクールに入選した。
幼馴染が人助けで警察に表彰された。僕は? 僕には何もない。
間もなくこの身体は消えてなくなるだろう、僕は玄関に立っていた。
「あらいたの、おかえり」
母がひょっこり顔を出す。
庭つき一軒家の玄関に入ると、目の前には二階へ続く階段。
左手には家族団欒の間があって、その奥に台所。母も左手に立っていた。
「ただいま」
反射的に答えると、僕は洗面所へ向かう。夢じゃない。
鏡に映る自分の姿を見て、今この場所にハッキリ存在していると気づく。
手を洗う、石鹸をよく泡立てる。滑らかな感触、腕の重み。
両親が別れたら僕は生まれないのに、どうして手なんか洗っているのか。
僕は両親を別れさせた、両親は僕の手により別れ……なかったのか?
もしかすると両親は、僕に別れさせられた後で。復縁したのかもしれない!
慌てて階段を駆け上がり、僕は今日訪れた過去の座標に印をつけた。
この延長にある過去を確認しに行きたい。
だがタイムマシンはそう何度も使えない、馬鹿みたく電力を消費するからだ。
急激に電気代が上がれば、僕が疑われてしまう。
タイムマシンは秘密裏だ、誰にも打ち明けてはいけない。
他の方法を考える、僕が生まれないために。
僕は日を改めて、今度は十四年前に戻った。
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