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 出発からしばらくは緩やかな道が続く。この辺りではまだ皆、談笑しながら歩いた。  殿(しんがり)にはササキがいた。そのササキと柿崎マダムが喋っており、柿崎の旦那は俺たちに追い付いてきた。  なんとなく世間話になる。柿崎の旦那は市内の証券会社の役員だという。意外に気さくで明るい男である。 「ミナガワさん、独立されるそうで。素晴らしいですね」  俺は返答に困る。きっと菜実のやつが適当にあちこちで話を吹聴して回っているのだろう。 「独立だなんて。まあ、機会があればと」  言葉を濁す。俺はいずれ脱サラをしてカレーショップを経営しようと考えていた。貯えもあるし、どうせなら好きな店で一国一城の主になりたいと。ついこの間菜実に相談したばかりで、菜実は微妙な顔で賛成も反対もしていない。 「明日の朝はご来光が見れるといいですね」  旦那が屈託ない笑顔でそう言った。  今回の登山の目的は頂上に辿り着くこともそうだが、『ご来光』と呼ばれる日の出を拝むことにあった。頂上には神社もある。何かの願掛け、そうした意味合いで登る者も多いという。旦那は「叶えましょうよ」と熱く声をかける。彼に言われると何かその気になってしまう自分もいた。  六合目の施設でトイレ休憩となった。ササキが早速煙草を吸いに離れて行き、ガイドの山本が苦笑していた。  ここからは樹林帯を抜けて景色が開ける。上方に黒い山肌と青空が望め、ジグザグに登っている登山道の隊列が小さく見える。山頂ははるかかなたである。  
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