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 ジグザグの登山道は長く続いた。 「ゆっくりいきましょう。慣らし慣らしです」  ガイドの山本は休憩の度に丁寧に声をかけてくれる。頼りがいのある風貌と言葉に、ツアー客たちの間で彼への信頼度が高まっていた。反対に殿(しんがり)のササキはずっと「きついっすね」と言っては休憩のたびに煙草を吸いに行く。  七合目からは岩場になる。両手のストックを支えにごつごつした足場に登山靴を踏ん張って歩く。登山道はまるで蟻の行列のようだ。  夕暮れが迫って気温も下がっていた。いよいよ高山という緊張感ある空気が火照った頬を撫でていく。 「疲れてないかい」  意外に頑張る菜実に感心しつつも、少し元気のなくなった彼女をいたわる。 「ちょっと頭いたい」  菜実がそう言いはじめたのは、八合目手前の休憩ポイントでのことだ。遠く夕景の足元に小さく八ヶ岳連峰が見える。そこよりももう高い。山本によると標高は3千メートルを超えているらしい。  とりあえず大丈夫、と菜実は言っていたが山本には念のため伝えていた。もし具合がひどくなるようだったら救護所に行くので言ってくれと彼は言った。菜実はオッケーと手を振る。なんとなく五合目で菜実が取り出したパンパンのポテトチップスを思い出した。  山小屋まではもう少しのようである。登山道は相変わらず急峻で、身体にこたえる。幸いに俺は疲労こそすれ、体調の変化などはなかった。菜実はあの性格だけに「大丈夫」と意地を張ったように歩き続けているが、柿崎の旦那も山本も終始心配してくれた。  日もすっかり暮れて山は夜の帳がおりている。人で満ちた登山道にはヘッドライトの列ができていた。いよいよ山小屋到着である。
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