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 山小屋に到着すると、全員ベンチのような食卓に奥から詰めて座らされた。夕食は噂通りにカレーライスである。  頭痛も少し治まったという菜実は、しかしカレーを半分残した。気持ち悪いという。そのまま今度は全員寝室へ案内される。延々と二段ベッドが並んでおり、ササキの案内で割り当てられたベッドに入る。男女関係なく、すし詰めである。 「お風呂は」 「あるわけないだろ」  割り当てられたスペースで身支度をして眠る。くたっとした毛布を被る。  頂上登山出発となる夜中の2時まで仮眠をとってください、という案内だったがどうも寝られそうにない。同じような菜実と一緒にうだうだしているうちにウトウトしながらやがて時間になってしまう。仕方なくロビーに集合した。柿崎夫婦もやってくる。ふたりは熟睡したのかさっぱりした顔である。 「それではみなさん、これから山頂に参りますが体調はいかがですか」  そう言うササキの声が元気がない。寝不足の大学生のような顔をしていた。 「もし少しでも体調に不安があるようでしたら、こちらの山小屋で朝までいて頂きます。山頂までだいたい2時間です。途中で戻ることはできません。一方通行になります。リタイアされてもすぐに対応できませんので、体力的に自信のない方、体調が優れない方はできるだけここでリタイア申し出てください」  菜実が脇でうんうん頷いている。 「大丈夫そうか」 「分からない」  顔色が良くない。まだ頭も痛いのだという。 「じゃあ、ダメだ。ここで待っててくれ」 「えー、頂上行くよ」 「やめてくれよ」 「頂上で『ご来光ラーメン』食べるって言ったじゃん」 「俺が食べてきてやるから。頼む、寝ててくれ」  結局出発前の最終点呼の際にササキがリタイア希望者を募ったところ14名の者が挙手をしてリタイアした。そこにはもちろん菜実も入っている。 「ええ!? リタイアこんなにいるの。やばいなこれ」  何がやばいのかよく分からないが、ササキがひとりあわてている。 「こんなに残していけませんから、私もここで待機します」  どうやら登頂部隊をガイドの山本に任せて、ササキは山小屋に残るつもりらしい。 「奴が残って何をするんだ?」  隣で柿崎旦那がそう言ってくる。確かに、と苦笑する。 「どうせ上まで行くのが面倒くさいんでしょう。ずっとそんな風情だったからね」  結局12名が頂上登山隊として山小屋の前に集合した。ガイドの山本がヘッドライトを額に巻いて、頂上登山の注意点を何点か話した。 「えー、それから皆さん大分気温が下がっています。山頂も気温が4度前後です。寒さ対策万全で願います。道中何かあれば必ず私か、最後尾の添乗員まで声掛けしてください。……あ、待ってくれ。そういやあいつ来ないって言ってたな」  不意に思い出したようで山本が舌打ちする。事の顛末を知る面々が笑っている。 「まったく、添乗員が来ないなんて聞いたことねえなあ。まあ仕方ないが、代わりに誰か後ろで見てくれるのがいないとな」  豪快に山本がそう言うと、柿崎の旦那が手を挙げて名乗りを上げた。 「助かります。確か山にお詳しい方でしたな。申し訳ないですがお願いします」  旦那が大きく頷いて拍手が湧く。そりゃあツアーの客がやる役じゃねえな、会社から給料もらわんとな、と前方の老人が軽口をたたき笑い声が上がった。
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