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朝からオムライスは重いなあと思いながらスプーンをせっせと口へ運ぶ。向い側に座る妻の菜実は上目づかいでこちらを窺っている。
よく見ると妻の皿はオムライスではなく、こんもりと盛られたケチャップライスで、てっぺんには旗が立っている。自作のお子様ランチなのか?
「ねえ、あなた谷川岳登山ってすごいの?」
「谷川岳?」
「そう。日本で何番目に高い山?」
「何番目かは分からないなあ。でも多分ベスト10には入らないと思うよ」
そう言うと、なぜか菜実はほっとしたようにケチャップライスにスプーンを突き刺す。
「柿崎さん夫婦がね、おととい登ったんですって」
そらきた、また柿崎さんの話だ。今度は山かと、俺は少しうんざりする。朝からのオムライス以上に重い話題である。
「旦那さん、大学で登山部だったんですって」
「すごいね」
俺は気のない返事をする。
「あなたもほら、よく安孫子山とか登ってたって自慢してたじゃない」
「自慢て言うなよ。一時期職場で流行ったんだよ。でも全然高い山じゃない」
そう言うと菜実は、まあなさけないというような顔をするものだからまいってしまう。
「負けられないよね」
いつもの妻の調子に嫌な予感がする。こと柿崎さんの件になると、菜実は対抗心を燃やすのだ。山でマウント取るってそのまんまじゃんか。
「もうね決めたの。ウチらは富士山登ろう」
は? 富士山だと?
「富士山は日本一でしょう? 柿崎さんもね、まだ登ってないみたい」
子供のように菜実は声を弾ませた。
「ツアーでね、良いのあったの。7月下旬で一泊二日。下山後に温泉と昼食バイキング付き」
そう言いながら、食卓の下の棚からツアーのパンフを取り出す。
「もう申し込んじゃった。7月最後の土日。押さえるの大変だったんだから」
こういう時の菜実の行動は早い。俺に有無を言わせない事後報告。
目の前で、多分富士山をかたどったのだろうケチャップライスを愛おしそうに口に運んで菜実は幸せそうに浮き浮きしている。
柿崎さん、今回は余計なことをしてくれたなと俺は心の中で愚痴を言ったのだった。
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