Who came back home? 〜帰ってきたのは誰?

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 死って何? と聞かれて、デス、と答えるお姉ちゃんがうちにいる。  それはつまり、彼女が日本語を英語で言い換えて返事をしたというだけの出来事であり。彼女が、大の英語好きだということの証左でもある。  お姉ちゃんは、暇さえあれば英語の勉強をしている。  のみならず、他の家族のメンバーにも、ことあるごとに英単語を暗記させようと奇妙な努力をする傾向にある。  三歳の妹に対して、「死ってなに?」「デス」。これはないだろう。  この僕、すなわち小学校五年生の弟としては、呆れ果てるばかりである。  そんなお姉ちゃんが、ある日言った。 「“ただいま”って、英語でなんていうか知ってる?」  もちろん知るわけない。 「I'm home、もしくはwe‘re home。直訳すると、『私は家でございます』とか『僕たちは家でございます』とか、そんな感じのニュアンスになるのかな。……まあ、実際のネイティブはあんまりこういうこと言わないらしいとも聞くし、使い所は考えなきゃいけないっぽいけど……っと、話が逸れたね。本筋に戻るよ」  別に知らなくてもいい情報だ。  けれど完全に聞き流すわけにもいかず、僕は一応耳をそばだてる。  お姉ちゃんは咳払いをして、そのまま流れるように喋り続ける。 「それで私、思ったんだけどさ。日本語の“ただいま”って、『誰が家に帰ってきたのか』を気にしないなあって。ただいま、って言って。それだけじゃん」  でもさ、と彼女は言う。  英語だと違うんだよ。  僕が。私が。私たちが。僕たちが。  そういう前提を、きちんと添えなきゃいけない。 「これってなぜだと思う?」 「日本人が主語を省く民族だからじゃない?」 「それもあると思うけどね」  お姉ちゃんの目が、突然凄みを増す。  僕は妙な寒気に襲われた。背後を確認しておきたい衝動に駆られる。なぜだろう。全く理解できないけれど。でも、確実に。 「日本には、身近な持ち物に神様がいるでしょう。あちらこちらに潜むカミガミ」  お姉ちゃんが笑う。 「それが人間にくっ付いて、一緒にわらわら帰ってくるからじゃないかなあって、私は思うのね」  だから、とお姉ちゃんは言う。  僕は一歩、後ずさりした。 「ただいまって言われて。おかえりって言う。普通のこと。いつもやってること。でも、ねえ、アンタ。今度学校から帰ってきた時に、きちんと確認してみなよ」  僕はめまいをするように、思い出した。  僕の両親は、神職に就いていること。  神社にお参りに行けば、そこに親が立ち働いているような。  そんな特殊な家庭に僕たちが育っていること。  見えないものを信仰する。それが当たり前だと、教えられてきたこと。  もしや。  そんな思いが芽生える。 「お父さんとお母さん、誰の『ただいま』に反応してるのか」  幻聴のような耳鳴りがする。  僕は世界が百八十度回転する瞬間を味わった。  光と闇。日常と非日常。表と裏。“視える”と“視えない”。 「———ようこそ。神様たちが住まう世界へ」  神社の家の長男坊としては、まあ、出来がいい方なんじゃないの。  そんなことを言うお姉ちゃんの声に、反論する余裕もなく。  様々な“モノ”たちに囲まれて、僕は冷や汗を流しながら根の生えたようにそこに立ち尽くしていた。
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