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神がなぜその裁定を下すに至ったのか、その経緯は彼の竜を以てしても知り得ぬことであった。この争いに終止符を打とうとしたのか、はたまた最初から決めていたことなのか、それは言葉通り、神のみぞ知る。
妻は即座に人の世の神官宛てに内容を伝達し、その真偽を問う手紙を認めたが、返信はない。
「アーヴィンは知っていたんでしょう?」
その問いに私は頷いた。彼の竜がその神託を王族に告げたのは、もう何代も前の話だ。私は彼の竜ではなく、父から聞いた。その父の代で、その日が間もなく来るというお告げを聞いたのが、私が彼の竜と会った初めての日であった。
「人の世では聞かぬか」
「ええ、耳にしたことは一度も。神官らも、そのような話をしている素振りはありませんでした」
戦争で日々、誰かしら死んでいく中、それだけの余裕がなかったのも事実かもしれない。しかし一方で、これだけの重大な情報を王族の間で微塵も聞かないというのも、不自然ではある。
「アズラエラ様は、人の世に伝わらないことが、或いは神の決めたことなのだと仰っていましたね」
「ことの真偽はわからんがな。そちらでは徹底して秘匿を決めている可能性もある」
それも確かにそうですね、と笑う妻は、以前ほどの輝きを持っていない。
「……お前は、諦めが悪いのだろう。悲しむくらいならば、どうにかしようと足掻く女であろう」
「そのような評価を頂けたなら、私も努力の甲斐があったというものです。ですが、アーヴィン、我が夫。私は、確かに貴方たち竜との共存を望みました。願いました。そのために、貴方と、貴方以外の竜と言葉を交わしました。そうして、私の願いは、決して不可能ではないと悟りました。ですが」
妻の細い腕が伸びてくる。人の手で触れるには硬すぎる私の鱗を優しく撫でる手は、とてもかつて同朋を多く殺したものと同一であるとは思えない。
「私も一個の人に過ぎません。神の裁定には……」
伏せられた目。そこに宿る感情は、知っている。
悔しさだ。
妻に対し、私は天井を仰いだ。いずれ来る裁定を、竜は受け入れるとした。我らが残ればそれで良し。我らが剪定されたならば、それも神の御心であると。ゆえに、その事実を前にして、私は妻のような感情を抱いたことはなかった。それは定めであり、逃れ得ぬ運命である。
――ああ、
敵わぬと知ってなお足掻きたいと願う彼女の心は、やはり私には眩しいものであった。
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